カンタスで泡を頂く

デリーから5時間半のフライトの後、デカいチャンギのターミナルを駆抜け、カンタスに飛び乗ってシドニーへ。

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飛行機の一番ケツに座る人生二度目の屈辱。チキンやビーフのおいしそうなメニューあるなあと待ってたら最後にひとつパラクパニールしかありませんとオッさんが(QFのCAは男が大半やし)有無を言わさず置こうとするので、あかん、おばあちゃんの遺言でインドカレーは食べられへんと騒いでみたら「前の方から取って来ました」とチキンとガーリックトーストとスパークリングワインが届く。よしよし!

大人しくカレーを受け取った隣のフランス人女性からの強烈な非難と羨望の眼差しを受けながらまったりと食事。

そうや!ごね得や!何か?
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# by phraganet | 2017-01-26 07:01 | オーストラリア | Trackback
ルクソール駅前から乗った夜行バスは十分きれいで、走り始めてすぐ眠りに落ちたが、しばらくすると猛烈な寒さに目が覚めた。バスががら空きの道路をぶっ飛ばしているのはいいが、建付けが悪いのか隙間風がひどく、ミドルウエアの上にフリースではとても耐えられない。

寝たら死ぬと思ってバスの座席で極寒と戦う地獄の一夜になった。

寝不足のままハイウエィの先に、朝陽に映えるカイロの街が見えたときは、生き抜いた喜びを実感できた。
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タクシーを拾ってハンハリーリで降ろしてもらい、カイロ東南部のイスラム歴史地区を歩く。
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スークでは、毎日お世話になったパンを焼く店、
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これまた毎朝お世話になった自家製チーズの店などが並んでいる。
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市場を抜けて、カイロ市内を見下ろす丘の城砦シタデルに着いた。辺りには立派なモスクが多い。
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オスマン帝国の総督ムハンマドアリが城塞の中に建設したモスク。
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僕の印象ではイスタンブルのアヤ・ソフィアに似ている。
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この日の宿は、タラートハーブとサダットのふたつのロータリーのちょうど中間という絶好のロケーションにあるGolden Hotelに飛び込みでチェックインし、昨夜の疲れを完全回復すべくゆっくり休んで、翌朝戻りのフライト。

カタール航空の中で、ちょうど観ておきたいと思ってた「君の名は」があってラッキ!
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# by phraganet | 2017-01-21 02:08 | エジプト | Trackback
翌日は、前日のアブシンベル行きと同じ車だけど、新しい運転手に交代してアスワンの宿を出発し、途中にあるオムコンボ神殿、エドフ神殿を見学しながら、ルクソールまで北上するドライヴ。

オムコンボはオリンポスの丘という意味だそうで、天空の神で隼の頭を持つホルス神とワニの顔を持つソベク神の両方を祀っていて、レリーフに色が残っているのを見つけて感動した。
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アレキサンダー大王遠征以降のプトレマイオス朝時代の建築が残っているので、どこかローマ遺跡風。いつの間にかガイドが寄って来て細かいレリーフの見どころをいくつか案内してもらった。
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さらに進んでエドフ神殿。
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ホルス神を祀った巨大な建物。壁の彫刻も美しい。
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神殿見学の跡、村のサンドイッチ屋で簡単なランチを掻き込む。
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夕方ルクソールに到着して、予約していたはずの人気ゲストハウス、ネフェルティティに入るも満室と断られ、近くのホテルにチェックイン。その後は歩いて近くのルクソール博物館を見学しながら夜のルクソールを散歩。さぶい!


翌朝、摂氏5度まで冷え込む中ホテルのルーフトップに出てみると、朝焼けの中ナイル河西岸に気球が浮いているのが見えた。おお!
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テーベから見て陽の沈む西岸は死の地とされ、古代エジプト新王朝時代に墓や神殿が盛んに建立された。

朝食を終えて、早速ローカルフェリーで対岸へ渡り、カズさんと1台ずつ自転車を借りる。自転車で走っていると、まず最初に目に飛び込んでくるメムノンの巨像。
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続いてデルエルハバリ(ハトシェプスト女王葬祭殿)へ。
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この遺跡には97年の無差別テロの印象が強く残る。
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さらに緩やかな坂道をひいこら言いながら漕ぎ続け、王家の谷に到着。
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唯一未盗掘の完全な形で発見されたというトゥトアンクアメンや、トトメス3世の墓などを見て回るが、特に、地下に真っ直ぐ降りていく廊下にびっしり美しいレリーフの残るラムセス5世・6世の墓が鳥肌もんの圧巻だった。
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その後ここの建築に携わった労働者の町デルエルメディナや、ラムセス3世葬祭殿であるハブ神殿などを一通り回ってからルクソールの町に戻った。

ルクソール神殿に夕陽が落ちる。
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しかし、冬にエジプト旅行に来てホントよかった。夏じゃ暑くて堪らんと思う。エジプトの観光産業はテロや暴動の影響で大打撃を受けていて、こんな素晴らしい遺跡の数々を観光客の少ない中でゆっくり観て回れるのもラッキーだと思った。

晩ご飯はカズさんが目星を付けてくれたルクソールの町中にある名店アボエルなんとか。
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ここびっくりするほど値段安くて、どの料理もすごくんまい!
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最後はカットしたリンゴとバナナに、上からストロベリー、ヨーグルト、マンゴーを掛けたその名もコクテルを頂く。
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これ、秀逸のフルーツデザート!向かいでカズさんが飲んでいるのは中東に多いターキッシュカフェ。

次の朝はホテルの前で馬車捕まえて、アムン神信仰の中心であったカルナック神殿へ。
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でかい!広い!
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また馬車で町の中心に戻ってルクソール神殿。
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というわけでルクソール周辺の神殿巡りは一通り終わって一旦カズさんと別行動。

午後はひとりでスーク歩いてハイビスカスティ買ったり、
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宿泊できなかったけどネフェルティティのルーフトップでミントティ頂いたり、
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ナイル河の向こうに陽が沈むのをぼんやり眺めて過ごした。
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翌朝、タクシーと終日ドライヴ550ポンドで合意して、今度はルクソールより北のダンダラ神殿、さらにその先のアビドス神殿を目指したが、運転手が遠い方のアビドスを先にしてダンダラを経由してルクソールに戻ろうと言うので従った(結果は失敗)。

7つの聖室が横に並ぶアビドスの神殿。
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冥界の神オシリス信仰の中心であったらしい。
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その近くにあるラムセス1世葬祭殿もレリーフがきれいで見応えあった。
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このあたりは治安が良くないらしく、神殿を出るとライフル抱えた警官たちに着いてくるよう言われて、警察車両に先導されてドライヴ。
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VIP待遇で恐縮です。

陽も傾き掛けた頃、ダンダラ神殿に到着するも、閉門まであと15分と脅され、ダッシュ!先にこっち寄っておくべきだった!
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お提髪もかわいい女神ハトールの列柱が並ぶ立派な神殿を駆け足で鑑賞。
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ルクソールに戻って、夜はまたアボエルなんとかでルクソールの最後のおいしい晩餐。

食事後、名残惜しみながら駅前で長距離夜行バスに乗り込んでカイロに向かう。
(続く)



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# by phraganet | 2017-01-20 00:52 | エジプト | Trackback
モロッコ以来3年振りのアフリカでのカウントダウン。
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以前よく使ったコンパクトな造りのドーハの空港は、今や巨大なターミナルに生まれ変わっていた。ここでバンコクから来たカズさんと合流して一緒にカイロに飛ぶ。

カイロに着いてまずはアライバルビザを取得しないといけないが、手続きは銀行の両替窓口で25米ドル払ってシールを買うだけ。あとは入国の長蛇の列に着き、係官がパスポートにシールを貼ってスタンプ押すと終了。
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タクシーで移動して市内中心タラートハーブのロータリーにあるカイロインにチェックイン。
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その後近くのフェルフェラ(鷹の爪の意味らしい)という小洒落たレストランに入り、ステラビアを飲みながら、胡麻を潰したタヒーナをピタパンに付けたり、揚げたてファラフェルや卵と挽肉の煮込みシャクシュカを頂く。
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うーん、中東料理はどれもんまい!

ロータリーに朝が来た!
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カイロインからギザへのフリーツアーが出ると聞き、急遽ピラミッド見学に向かうことに。ギザはナイル河を挟んだカイロの西隣。
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碌に前も見ずに運転しながら、自作の地図を説明する運転手は、途中で僕らをパピルス屋に連れ込んだ。店でまずパピルスの作り方実演。
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ここで売ってるパピルス画は何百ポンドもしたので結局1枚も買わず。

次に運転手はギザで駱駝に乗るようしつこく迫ったが、結局これも断って徒歩での見学を選んだ。(結果正解!)

ギザ到着。有名な三大ピラミッドとスフィンクス。
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古代エジプト古王国時代のもので建立は紀元前26世紀。雄大な歴史を感じながら、ゆっくり見て回って2時間ほどの散歩。
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パピルスも買わず駱駝にも乗らなかったので、運転手には何のキックバックも入らず文字通り無料送迎となってしまったが、最後に博物館まで送ってもらってチップを100ポンド渡したらうれしそうにしていた、よかった。
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博物館では見応えある展示品の数々。
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ランチはエジプト名物コシャリにトライ。ライスとパスタ混ぜに、レンズ豆、ひよこ豆、フライドオニオン、トマトソースが乗っかる。

午後はメトロに乗ってオールドカイロのコプト教地区を散策。
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そうか、エジプトでは1から7世紀頃までキリスト教が広く流布していたのか。

その後カイロ(ラムセス)駅に移動してアスワン行き夜行列車に乗り込む。
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ナイル河に沿ってひたすら南下。列車は遅れに遅れ、なんと17時間掛かってようやく到着。疲れた~。

アスワン駅は激しく工事中だった。
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アスワンの小さな町を迷い歩きながら、何とか翌日のアブシンベル行きと翌々日のルクソール行きの車の手配完了。
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チキンとモロヘイヤのスープで大晦日のディナー。
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元旦の翌朝は4時出でアブシンベルに向けて出発、スーダン国境まで10kmあまりというエジプト南端。カイロと違って寡黙ないい感じの運転手がすっ飛ばしてくれたお蔭で、まだ人の少ないうちに最初の目玉アブシンベル神殿に到着して初詣。
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入り口に並んだ巨像は4体とも古代エジプト新大国の建築王ラムセス2世。

外も迫力あるが、中の造りや壁の彫刻にもすっかり圧倒された。
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素晴らしい!
いやあ、こんなんとは知らんかった、エジプト舐めててごめんなさい!

隣は王妃の神殿。
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神殿内部の柱には女神ハトールのレリーフ。
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帰りは町の手前でボートを借り、ダムでできたナセル湖に浮かぶフィラエ神殿に寄る。
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ここは女神イシスを祀っている。
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アスワンハイダム建設時、ユネスコ国際キャンペーンのお蔭でアブシンベル神殿やフィラエ神殿の移築に成功し、大切な遺跡がダムに沈むのを免れたらしいが、昔はユネスコもいいことしてたんだなと感心する。

アスワンの町に戻ってから、渡し船に乗って対岸に見える貴族の墓へ向かう。
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船上のアフリカ系の人々は対岸の村に帰るヌビア人。丘の途中でヌビアの村を見下ろすとブルーシティの様相。
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貴族の墓をてっぺんまで登るとナイル河とその向こうにアスワンの町のいい眺め。ナイルってこんなに青く美しいんだ。
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そして翌日はいよいよ古代エジプト新王国の都テーベのあったルクソールを目指す。
(続く)


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# by phraganet | 2017-01-11 02:23 | エジプト | Trackback
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11月の週末にジャグダルプルの滝を見に行こうと、Indigoのフライトと滝に近い宿をネット予約したら、モディ首相がいきなり500と1000ルピー札の無効を宣言した。

フライトと宿の予約はもうずらせないし、とは言え現金もなしにどうやって現地で車手配して食事すればいいのか不安だったが、まあなるようになるさとチャッティスガル州にひとっ飛び。
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州都ライプルのターミナルはまだ新しい立派な建物。

地方に行けば、街中のように銀行に長蛇の列がないのではと淡い期待が実はあったのだが、地方は現金不足がより深刻で銀行での新札両替はとても望めそうもない。

車は、僕がカード払いでガソリンを満タンにし、そのレシートを運転手に渡すという物々交換でスタート。現金がないと道路脇のドライブインでの食事も難しいが、なんとかカードリーダーのあるダバ(食堂)を見つけて行きも帰りもランチはここでお世話になった。
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運転手とふたり分の食事+チャイの合計たった180ルピーをカード払い。

でもよかった、ともかくランチにありつけて。印度に生活すると、何でもない日常の有難みを改めて思い知らされる。

運転手が滝は日の出の時間に行くのが最高だと言うので、この日は宿に入って寝た。

翌朝、まだ暗いうちに宿を出て、村を外れて半時間ほど進んだシヴァ寺院で車を下ろされ、なんだろここ?と思ったら、寺院を抜けて下ったところが滝だった。
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滝の上では沐浴の人々。
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階段で滝壺にも降りられる。
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ここでふたりで60ルピーと言われて、なけなしの10ルピー札を渡して小舟で滝に近づいてもらった。
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ナイアガラフォール以来の迫力体験だった。



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# by phraganet | 2016-12-12 00:46 | インディア | Trackback
セヴンシスターズ(北東部7州)で最後まで残ったトリプラ州とミゾラム州を制覇するというお題で、デリーからIndiGoに乗ってトリプラ州都アガルタラに飛んだ。

地図で見ると、バングラデシュに突き刺さったようなトリプラ州と、ミャンマーに突き刺さったようなミゾラム州は実質的にそれぞれ飛び地になっているので、わざわざ出向かない限りたまたま通り掛かることはない。
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コルカタで一旦ホップして西からバングラデシュ領空に入り、東まで横断して再びインド領を目指す。アガルタラの滑走路はほぼ国境線上に位置してるので、着陸寸前まで見えているのはバングラデシュの景色。

空港ターミナルから出ると、そこには都会の空港にはないオートリクシャ乗り場がのんびり存在し、さらにその先のゲートを出ると一般道にもまたオートリクシャが屯して客待ちしているので、ここから町の中心まで約14kmを120ルピーという安値で移動できた。
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アガルタラには他のほとんどの北東部の都市と同様に交通信号がひとつもない。安全なので警官は銃を携帯しない。
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宿はポストオフィスチョウクと呼ばれる中央郵便局近くに取った。かつて東パキスタン(バングラデシュ)から分捕ったという戦利品のタンクがロータリーの真ん中に今でも飾ってある。
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このロータリーには警察署もあり、その並びには女性警察署がある。男性は男性警官が、女性は女性警官が取り締まることになっているらしい。びっくり!世界で初めて聞いた、このシステム。

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トリプラ州の主要言語はベンガル語。ちょうどナヴラトリの期間中だったので、町のあちこちにベンガル圏人気No.1のドゥルガのペンデル(パヴィリオン)が建てられ、夜には一斉に電飾が着いて賑わいを見せていた。
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ドゥルガを中心にその左右にラクシュミとサラスヴァティ、さらにその脇にシヴァの息子であるガネシャとカルティカ(スカンダ)。

特にすごかったのはこのペンデル、とてもにわか造りには見えん。
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竹で作った壁の装飾まで細かく凝っている。
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翌朝トリプラ州北部に残る巨大彫刻遺跡ウナコティに向かった。
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町を出てしばらく走ると左右に茶畑。他にも水田が青々と広がったり、ゴム林を通り抜けたり、豊かな農業生産の景色を楽しむ。アガルタラは周囲をほぼぐるりとバングラデシュに囲まれていて、その国境沿いをドライヴ。
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道路が最も国境線に近づいたところで停めてもらい、僕も片足だけ初めてのバングラデシュの地を踏ませてもらった(笑。
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途中どんな小さな村にも必ずドゥルガのペンデルがこしらえてるのが見える。
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4時間以上掛かってウナコティに到着。8世紀頃彫られたという岩肌の神々がなんだかシュールな作風。
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額に第3の目、左手にトライデント(三叉戟)を持ち、手前にナンディが控えているので、シヴァに間違いない。隣にはさらさらと小さな滝が落ちている。後ろは妻のパールヴァティとドゥルガか。
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渓流をさらに一段降りると、今度は息子のガネシャが太鼓腹を見せて並んでいる。面白い!
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ちょうど遺跡を見終わったところでかなり激しい雨が落ちてきたので急いで車に戻り、東隣のミゾラム州境に向けて走り始めた。

峠で小象が2頭おとなしく並んで雨宿り。
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1時間以上走ると沿道の人々の言葉がミゾ語に変わる。
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州境の町、トリプラ州側ダムチェラ、小さな橋の向こうミゾラム側はカヌムンに着いてランチ。
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小学生くらいの男の子が店頭で粉をこねたり卵を焼いたり大活躍中の食堂に入った。
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ガラスケースに見える右がチキン、左は川魚のフライだと分かるが、真ん中の黒くて丸いのは何だろ?
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白いご飯に男の子が目の前で焼いたオムレツ、川魚のフライ、黒丸、サブジを乗せてもらう。表面が焦げた黒丸の中身はクリームコーンコロッケだった。んまい!

食堂の並びの魚の干物屋、味があるなあ。
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トリプラ州の警官は銃を持たないのに、この州ではやたらライフルやピストル持ち歩いている男の子が多く、侮れない。
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橋を渡ってカヌムン側に入ってみる。
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歩いているうちに一緒になった若い女性は、洋品店で新しいサンダルが買えてうれしそう。
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とてもいい感じだな、ミゾラム州。見た目東アジアっぽい人々。ここで一般的なのはミゾ語だが、英語教育のキリスト教州で禁酒州、犬食の風習が残るらしい。聞けば聞くほどどこの国だかわからない独特の雰囲気!

この後アガルタラの宿まで引き返すけど、次はミゾラム州単独滞在でまた来たい!


最後の朝、デリーに戻るフライトの前に国境に寄ってもらった。アガルタラの町の中心から車でわずか15分。
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運転手が日本からVIPをお連れしましたみたいないい加減なことを言ってゲートを開けさせ、どんどん奥に進んだ。
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この白線がまさに国境というところで、手前からインド兵と奥からバングラ兵を呼んで一緒に記念写真撮ってから、町を後にした。

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空港の手前、道路脇にまたまた独創的なアートを発見。
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なんだ、こりゃ?
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ああ、ペンデルだ。みんなでドゥルガに音楽を捧げているというテーマらしい。
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ホント、驚きの発見が多い北東州最果て2州の旅だった。まだまだ奥が深そう!



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# by phraganet | 2016-10-16 16:28 | インディア | Trackback

インダス文明と言えば、文字通りインダス河流域であるパキスタンのモヘンジョダロやハラッパー遺跡が世界的に有名だけど、インド国内に存在する同年代のインダス文明遺跡を見にまずはアーメダバードに飛んだ。
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アーメダバードから90km南下したところにあるロータル遺跡。紀元前2500から2000年ほど前のしっかり下水道の整った町や、ドックと呼ばれる船着き場跡が残っている。手前の小さい博物館には、当時の壺やナイフ、分銅といった道具、サイコロやフィギュアの玩具などが展示されていて興味深い。

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ロータルを後に車窓から塩田など眺めながらグジャラート州を横断するように、一昨年暮れのホワイトラン観光以来のブージまでドライヴ。

夕方ブージのショロフバザールを歩いてみたけど、目を引くような手工芸品は町中では見つけられなかった。

翌朝日の出と共にブージフォートを散歩。
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気持ちいい。
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町に戻って朝食に人気のダベリ。
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その後カッチ博物館を見学した。
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この日は、前回ホワイトラン観光で通り過ぎてしまったカッチの手工芸の村々に寄ってみたくて、まずは基礎知識習得のため、ブージから北へスムラサール村のカララクシャという手工芸保存普及組織のショールームを目指したが、生憎日曜日は閉館だった。残念。

さらに北へ真っ直ぐバンニの入り口で、ホワイトランへのチェックポストのあるビランディアラの村に向かう。バンニ一帯にはパキスタンやアフガニスタンから移り住んだムスリム職人の村が点在している。
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キノコが並んだような家の中で村の女性たちに布やアクセサリーのお土産を買うよう勧められる。
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ビランディアラを左折してさらにホワイトラン目前まで進んだムトワ族のドルド村。
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ソフィアという村の女性に、装飾がとてもかわいいうちの中でいろいろな布を見せてもらい、彼女自身の手縫いである綺麗な細かいミラーワークの刺繍布を2枚買った。
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この日ビランディアラ村で買ったアクセサリーとドルド村で買った刺繍布。
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途中でランチにグジャラティターリー。チャスというバターミルクがデフォルトで付いてくるけど、これは苦手。
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次にブージから東に少し行ったブロックプリントの村アジラクプルに入る。
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たくさん並んだワークショップのいくつかに勝手に入って間近で染色作業を見せてもらう。
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作業は細かいが、動作は速い。
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あのね、君ら楽しそうに踏んでるの、お父さんのお仕事でしょ。


翌日はいよいよ最終目的地、カッチ湿原に浮かぶカディール島にあるドーラヴィラのインダス文明遺跡を目指す。途中で女性を荷台に満載したトラックとすれ違ったり抜いたりした。
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またここでは頭の上に重い水瓶を載せて運ぶのも女性の仕事のようだ。ここの女性は何かと大変そう。
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正面にカディール島、一本道の両脇の湿原はモンスーン期が終わり、だんだん乾いて塩砂漠になるつつある。
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ドーラヴィラは島の奥の方にあった。
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4000年以上前の立派な城跡。これまで訪れた城跡の中で断トツの古さ。
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例によって緻密に水の流れが管理されていた町の跡。
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遥か昔の文明の高さに感心させられる。



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# by phraganet | 2016-10-13 02:11 | インディア | Trackback
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キナウルのカルパ村を出て途中ナコで休憩し、10時間近いドライヴに運転手ももうへろへろで、スピティ渓谷に差す陽も随分傾いた頃、ようやくタボに到着した(標高3280m)。

暮れなずむ中、ゲストハウスTiger Denの周りを歩いてみたら、わずかに商店ひとつと、ゴンパの前にみやげ物屋が2軒並ぶだけの鄙びた村だが、ここはグゲ王国からカシミールに渡って仏教を学んだリンチェンサンボが千年以上前に開いた由緒あるゴンパのある聖地である。

既に本堂の扉には南京錠が掛けられていたので見学は明日に回してゲストハウスに戻ると、欧米からの観光客が目立って多かった。メニューにもイスラエル風サラダなどとあったので、カレー、チャパティと一緒に試してみた。
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翌朝日の出と共にゲストハウスを抜け出し、朝のおつとめに参加。
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まだ本堂は開いてないので、その後ゴンパ裏手の丘の斜面に掘られた僧院跡に登る。
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丘の上からは朝焼けのタボの村が一望できる。
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新しい参拝堂は普通にチベット様式だが、右手前に見える古い本堂は、砂漠の中のグゲ王国を思わせる独特の造り。
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一旦ゲストハウスに戻って、チャイとトーストで朝食を済ませてから改めてゴンパに出掛け、本堂内部を見学した。ラダックのアルチゴンパと同様、古いカシミール仏教の流れを汲む仏像や壁画が息を飲むほどに美しい!

タボの村を出発して山道を登る途中、車がオーバーヒートして往生したが、昨夜宿で挨拶したアメリカ人男性ふたり連れの車が通り掛かりに助けてくれて、どうにかダンカルゴンパに辿り着く。おお!素晴らしい眺め。
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てっぺんの本堂で歌うようにひたすら経を唱え続ける僧侶たち。
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この日はスピティ最大の村であるカザ(標高3600m)でイカしたパティオのあるゲストハウスSakya Adobeにチェックイン。
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ここのところ山道ばかりを走ったもんで、カフェや商店が並んでいるのがうれしくてつまみを買い込み、スタッフにビアを運んでもらって部屋の前で一服。ぷはーッ!
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キナウルでもスピティでも、ホテルスタッフの対応が印度標準を遥かに超えてフレンドリーで気が利いている。感心!

モンスーン期のキナウルが寒くて不安だったが、一年中ほとんど雨の降らないスピティは、1000mほど高度を上げたのにもかかわらず、Tシャツで過ごせる気候だった。

商店街を歩いときに、若い白人女性にキーゴンパに宿坊したいがどう行ったらいいかと尋ねられ、僕らも明日行くのでよかったら途中で降ろすよと、一緒することになった。

翌朝、カザのゴンパで例によっておつとめ。
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朝食の後女性と合流してスピティ河東岸を北上しながら高度を上げる。

女性はマリアという名でマドリードに住んでるらしい。職業を尋ねると弁護士とのことで、ほお!と感嘆の声を上げたら、スペインで弁護士の社会的地位はそれほど高くなく、この旅を機に転職を考えているとのことだった。
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丘の上から弥勒大仏が見下ろすランザー村が左に見えてきた。

さらに、世界で3本の指に入るという標高4530mの村、コミック村に進む。
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以前にラサレーのせいぜい3600m程度で空気の薄さを感じたのに、村の中を散歩しても全く息苦しさを感じない。これがキナウル・スピティ反時計回りのメリットで、2200mのシムラから徐々に高度を上げたので身体が順応している。

コミック村にある立派なゴンパ。
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本堂では、高僧に取り囲まれたひとりの少年僧が経の試験を受けているところだった。こんな厳粛な行事の最中見学させてもらってすんません。
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世界一高い郵便局があるという隣のヒッキム村にも寄った。4440mの看板のある郵便局前で、ひたすら村の子供たちを撮り続けるマリア。
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記念にここで葉書か切手でも買おうと思ったら、売切れとけんもほろろに断られた、残念。

ここから車は道を変え、この旅の一番の目的地であるキーゴンパに向かう。

わー、これこれ、この目でひと目見てみたかった!
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こちらも千年ほど前の開山と伝えられる。

キーゴンパの麓では、有難いことにリンチェンサンボ21世の説教中で、周辺から集まった村人たちが熱心に聞き入っていた。
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本堂に登る。

本堂脇に、ダライラマ14世も宿泊した宿坊がある。マリアが泊まりたいと言っていたところだ。中に4部屋ほどドミトリーがあり、3度の食事と2度のチャイにベッドとタオル付1泊250ルピーという説明書きが貼ってある。

ここでマリアともお別れと思ったら、友達と来るんだったら泊まるけど、ここで夜ひとりで何していいかわからない、と急に弱気なことを言い出して、一緒にカザに戻ることになった。それも貴女のスピリチュアルレベル次第で、と言ったら大笑いしていた。

カザから天空の村巡りの最後は、キッバー村に寄る。
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こんな辺境の村にもちゃんとしたゲストハウスがあって、白人男性がテラスに腰掛けているのが見えた。

翌朝、2連泊したカザを出発。

見渡す限り岩山しか見えない荒野の中、運転手がダッバ(ドライヴイン)の前に座ったおばさんと挨拶を交わした。顔見知りのようだ。
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まだお昼には少し早いが、折角なので中に入ってみると、テントの中はびっくりするほど素敵な空間になっていた。ここでマギー(インスタントヌードル)頂く。
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さらにスピティの玄関であるクンズムパス(4550m)、
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クル渓谷とラホールを結ぶロータンパス(3980m)を通過。
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ロータンパスで車を降りて歩いてみた。風が強く、ガタガタ震えるほどの寒さ。

道路沿いの岩陰に、この時期にしか見られないブルーポピーをいくつか発見。
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夕方マナリ到着。
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モールロードにほど近い素敵な宿Johnson Lodgeに入る。
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ああー、なんちゅうか、長旅から無事に戻った充実感と、この素敵な旅が終わる寂しさの両方が一遍に去来するぜ。



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# by phraganet | 2016-08-11 03:00 | インディア | Trackback
7月のモンスーン期真っ只中にキナウル・スピティを巡った。

チベットからアルナーチャルブータンシッキムネパールそしてラダックとヒマラヤの麓をぐるり回った身には、ヒマーチャル・プラデーシュ州のキナウル渓谷とスピティ渓谷がミッシングリンクの秘境になっていたので、シムラから入ってロータンパスからマナリに出てくる反時計回りのコースを選んだ。

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友人と合流し、夜中のデリー駅でコルカタから大幅に遅れてやって来た寝台特急に乗り込み、翌朝終点カルカでトイトレインに乗り換えて、シムラまで標高差1420mを登る。
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キナウル・スピティの長い道のりを1週間で回るため今回はシムラの街に寄らず、サトレジ河沿いに車で一気にサラハンに向かう。サラハンの村ではちょうどリンゴの収穫期を迎えていて、村人たちが荷台のカゴにリンゴを満載していた。
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サラハンで宿泊した州政府系ホテルは名刹ビマカーリー寺院のすぐ向かい。天気が悪いこともあって標高2300mで肌寒さを感じた。この後スピティでは4000mを越えるのに、出だしから旅の先行きが不安になる。
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翌朝小雨の中を歩いてビマカーリー寺院に参拝する。初めての木造ヒンドゥ寺院。
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静かなとてもいい雰囲気。靴を脱いで中まで無料で参拝させてもらえる。
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キナウル周辺でよく見るテパングというフェルト帽。

朝食の後サングラに向けて出発したが、途中で大雨に遭い、轟轟とダムから斜面を流れ落ちてくる水量に圧倒される。
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後で知ったが、ちょうどこの時期ネパールやブータンでも豪雨による災害が起きていたころ。本当はこのままチベット国境近くのチットクル村まで行くはずだったが、雨で道路が閉鎖されたとのことで断念。サングラ近くのキャンプでテント泊。

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翌朝は明るい陽が差し、近くのカムルー村に行って、カマキヤデヴィフォートという要塞寺院に登った。
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麓の寺院でくつろぐおばあちゃん達に写真撮らせてもらったら、なぜだかお供え物のクッキーを持ってけと数枚渡された。おおきに!
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フォート頂上のヒンドゥ寺院。ええとこやなあ、ここも。

サングラを出て、サトレジ河対岸にあるレコンピオの町にちょうどお昼頃到着し、チベット国境すれすれのセンシティヴな地域であるキナウルとスピティの境を通り抜けるためのILP(入境許可証)をここで申請する。
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役所でパスポート渡して写真を撮られ、手続きに1時間ほど待てと言われたので、町に出て屋台でパコラをつまむ。
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無事にA4にプリントされたパーミットを受け取って、そのままカルパ(標高3000m)に進んでホテルKinner Villaにチェックインすると、部屋の窓いっぱいにキナウルカイラス(6050m)が見えた。なんでもカイラス山(チベット名ガンリンポチェ)に住むシヴァが冬の間だけここで過ごすと言う。

まだ陽が高かったので、夕方隣のロギ村まで4kmのトレッキング。
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擦れ違いざまに通じない会話を交わしたハンサムな牛追いのおじいさん。たぶんヒンディ語だったと思うけど、答えられなくてごめんなさい。
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ロギ村のヒンドゥ寺院、ここでは定番の木造り。


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翌朝キナウルカイラスから陽が昇ると同時に、今度はカルパ村の中心にシルエットが映えるナラヤンナギニ寺院目指して散策に出掛ける。
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カルパ村を通り抜ける。
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イカした郵便ポスト発見。
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逆光の中荘厳に見えた寺院は近くに行ってみるとまだ新しい建物だった、あらッ。
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この日はいよいよチベット文化圏のスピティに向かう。途中ジャンギのチェックポストでパーミットを見せて通過。
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しばらく行くと、道路右手に古い砦が見えた。
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プーの村を通り過ぎ、チベットから流れ来るサトレジ河に別れを告げ、替わってスピティ河沿いを上流に向かうと、道がだんだん悪路に変わる。
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チベット国境近くを北上するうち、道路はスピティ河を左下に見下ろしながら一旦東に外れ、標高3600mを超えるまで一気に高度を上げていく。
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ランチ休憩にナコに寄った。とても風光明媚な村だが、こんな高地になんで人が住んでいるんだか、不思議な気持ちになる。
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村のみやげ物屋を覗いたら、店のおばさんに杏の実を頂いた。めちゃうまい!

キナウルではずっとカレーを食べていたので、ここではトゥクパとモモを注文した。

食事の後、運転手からナコゴンパに行って待っているのでナコ湖に降りて村を散歩してきたらいいと勧められ、車と別れて村の中を歩いたら、こんな小さな村なのに狭い道が入り組んでいて迷子になる。あたた!
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あ、人がいた。すんません、ナコゴンパはどっちですか?
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千年の歴史があるというナコゴンパに無事辿り着いて車と合流。さらにタボを目指して長いドライヴを続ける。
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(続く)


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# by phraganet | 2016-08-08 01:05 | インディア | Trackback
モンスーン期で崖崩れの絶えないウッタラカンドの山道を、リシケシから270kmの長~いドライヴの末ゴビンドガートの村に着いた。

ガンガとその上流アラカナンダ河沿いの道中では、裸で歩いているサドゥや、モーターバイクのシク教徒の若者をたくさん見掛け、聖なる山間に入ったことを実感する。

ゴビンドガートの標高は1900mほどあるが、この時期の気候は蒸暑く、登山用の騾馬がたくさん繋がれているお蔭で、村中夥しい数のハエで鬱陶しい。
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ゲストハウスの窓を開けると、眼下にアラカナンダ河が轟轟と音を立てて流れ、対岸には聖地ヘムクンドや花の谷国立公園へ向かうジグザグの登り坂が見える。
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ここから頻繁にヘリコプターが離発着を繰り返していて、お金に余裕のあるシク教徒は、聖地の麓にある村ガンガリアまでわずか4分で一気に飛ぶらしい、運賃3500ルピー。

ヘリコプターにも興味そそられたが、今回の旅の目的はあくまでモンスーン期に谷一面に咲く花を愛でに行くトレッキングなので、まずは橋のたもとまで降り、登山口に登るシェアタクシーに乗り込んだ。
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巡礼のシク教徒がこれ以上絶対無理というまでぎっしり詰め込まれるのを待ってようやく発車、運賃35ルピー。ゲートでひとりひとりIDを見せ、顔写真を撮られ、入山登録してからトレッキングのスタート。
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日本で買ってきた手元の時計(G-Shock)によると登山口の標高2100m、ここから3100mのガングリアまで10kmのなだらかな登り。
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しっかりと石が敷き詰められ、途中の茶屋やトイレもちゃんと完備されているし、一緒になるシクの老若男女ひとりひとりに「ナマステ」なり「ハロー」なり声掛け合ったり、一緒に写真撮り合いながら歩くとても気持ちのいいトレッキング。
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一日でこんなにたくさんのインド人と挨拶交わしたのは初体験。唯一の欠点は馬糞が路上に溢れていることか。

そんなこんなで3時間ほど歩いて、ゲストハウスや土産物屋の並ぶガングリアの村に入った。
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ガングリアを抜けると立派な滝が見え、4200mの高さにあるというシクの聖地シュリヘムクンドサヒブ寺院へはさらに真っ直ぐ6kmの急な道。寺院は雲の中で見えないが、かなり辛そうな登り。
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馬どうですか~と盛んに声を掛けられる。馬で花の谷には行けないが、もしヘムクンドまで登るなら500ルピー払って素直に乗るのもいいかも。馬なら1000mの標高差を2時間ほどで制覇できるらしい。

花の谷へはここで左に折れる。午後から花の谷に入ろうとしたら、チェックポストで閉園までに戻って来れないことを心配されて止められてしまい、仕方なく納税カード見せて150ルピー(外国人料金600ルピー)でチケットを購入して登録だけ済ませ、一旦ガングリアに戻った。

ガングリアでは、チャックポストで知り合ったラジニッシュという山岳ガイドをやってる元写真家のトレッキングツアーオフィスにお邪魔し、彼が永年撮り溜めた花や動物の素敵な写真を見せてもらいながら、いろいろとここの自然について教えてもらった。

夜になると激しい雨になり、断続的に降り続いた。果たして翌朝花の谷に出掛けられるか訝っていたら夜明け前に降り止んで、明け方から巡礼に出掛けるシク達の気合いの掛け声に起こされる。

夜明けと共に花の谷を目指して村を出た。巡礼のシクはあんなにたくさんいたのに、花の谷へ向かう観光客は全くいない。
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花の谷の入り口が見えてきた。美しい景色を独占!
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一本道を谷の奥へ進む。

谷を囲むように聳え立つ山々、滝が天空から注ぎ落ちてくるようだ。
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花の谷の標高は3500m、チベット国境までの距離わずか20kmしかない。
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僕は花に詳しくないので名前は知らないが、かなりいろんな種類の花が咲いている。
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これは幻の花として人気のブルーポピー。

この日はガングリアから花の谷の中へ6kmほど進み、また同じ一本道を村まで戻り、ランチの後そのまま10kmのトレッキングコースをゴビンドガートに下った。

ヘムクンドまで急な道を登り降りする敬虔なシク教徒達に比べれば随分楽だが、それにしてもそこそこのトレッキングを楽しめた。


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# by phraganet | 2016-07-16 10:55 | インディア | Trackback

アジアを歩けば何に当たる?煩悩な日常と、気ままな旅のメモ


by プラがね: