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雨の中、ファンランへのドライヴ

ベトナムには、主要民族である京(キン)族以外に53の少数民族がいる。

バイクで野山を駆け巡るサイゴン・ホッパーズのメンバーでもあるフミさんから、あちこちの少数民族と触れ合った貴重な体験談を聞かせてもらったが、面白いと感じたのは、北のいくつかの民族はタイ語に近い言葉を話しているという。

またチャム族を中心に、ラグライ、チュルー、エデ、ジャライ族といった、かつてベトナム中部にチャンパ連合王国を繁栄させた民族の言葉は、インドネシア諸語に近いらしい。

ということは、

ベトナム勤務時代には考えもしなかったが、もしかしたら少数数民族の言葉でそのまま彼らと話をすることも夢ではないかもしれない。


ダラットについた翌朝、タクシーマイリンを呼んでもらって、ファンランに向けて山を降りた。運転手にはポー・ロメに行って欲しい、と告げた。ポー・ロメは、昔チャムの塔巡りをしたとき辿り着けなかった唯一の遺跡。あの辺りにはチャム族がいっぱい住んでいるはずだ。

昨夜から降り始めた雨は一向に止む気配がなく、霧と雨で真っ白になって全く景色のない山道をくねくね2時間下ると、道は水かさの増したカイ川と併走し始め、ファンランの町に入った。左の車窓から立派なポー・クランガライの遺跡が見える。

運転手はポー・ロメの場所がおぼつかないようなので、ポー・クランガライの事務所の職員に尋ねて、村の名前を確認したのだが、それでも彼は道を間違えた。

国道1号線を走っていると、道路のすぐ脇に、雨に煙る遺跡が見えてきた。何だこりゃ。

これ、もしかして、 ホアライ遺跡?

以前訪れたとき、圧倒的な美しさで建っていたチャムの塔が、安易な補修でトンでもないデザインに固められている。これじゃ、子供のお絵かき以下だろ、何てこった、酷過ぎる!
(写真:2000年9月)

吐き気がするほどのショックに打ちひしがれながら、ポー・ロメはこの遺跡のことじゃないと運転手に説明し、Uターンしてもらう。

ファンランを10kmほど南に下った交差点を右折すると、ポー・ロメがあると教えられた村に入ったが、村のベトナム人は遺跡に興味がなく、誰も正確な場所を言えない。もちろん、標識らしきものも見当たらない。

迷い迷った挙句、僕は田んぼの向こうに見える山の上に、塔のようなかたちを発見し、運転手に指さす。「はあ、あれですかねえ」

近づいていくと、運転手は「いや、あれは木ですよ」と言った。また間違ったか。

ともかくも麓まで来ると、どうも木の陰に建物があるようだ。登って行くと、やっぱり塔はあった。ポー・ロメはチャンパがベトナムに滅ぼされる前の最後の宗教建築。悲劇の歴史を感じさせるような、ひっそりした場所だった。



この日の目的はチャム族との会話だったが、雨が激しいのと、何だか意気消沈してしまって、とりあえずダラットまでの山道をとぼとぼ帰ることにした。