ミングォンの夢、ジャトナプラからアマラプラへの橋

前日マンダレーヒルの上から夕陽を見ようと石段を上っていたとき、タナカにロンジー姿の清楚な娘さんとすれ違い様、マンダレー周辺の古都ザガイン・インヤ・アマラプラを見に行きませんか?と誘われた。
何でも、私のお兄さんは運転手で半日35万チャットで周ります、私は学生でプロのガイドではありませんが、よろしければプラス15万チャットで一緒します、という申し出にあっさり兄弟そろって雇うことにした(笑)。彼女の名前はピウピウというらしい。ついでにマンダレーのエヤワディー河対岸にあるミングォンに寄ってもらうことで合意。

もともとミャンマー中部のこの辺りに都を築いていたのはシャン族で、その後モン(Mon)族が勢力を強め、これを撃ってビルマ族がコンバウン朝を興したのが1752年。その後歴代の王たちが数度の遷都を繰り返し、10代目ミンドン王がマンダレーに新都を建設したが、ビルマ最後の王都となったマンダレーの歴史は英国軍によって陥落するまでのわずか25年間だった。

朝、ロイヤルゲストハウスの前に迎えに来たのはかなり古い三菱パジェロ。運転するお兄さんの横に僕が座り、ピウピウは後ろに座った。どう見てもふたりの顔が似てないので、兄弟はウソだろうと尋ねてみたら、私はシャン族のお母さん似で、お兄さんは印度系のお父さんにそっくりです、とのこと。シャン族ならタイ語を理解できるかと思って話してみたが、お母さんならわかるかもしれないが私はできない、とのことだった。

そんなこんなで車はエヤワディー河沿いを南下し、シャン族の都時代から続く仏教と仏塔の町、ザガインへの鉄橋を渡る。
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ザガインヒルにある寺院にふたつほどお参りし、今度はエヤワディー河沿いにマンダレーの対岸を北上してミングォンを目指す。
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途中の道幅自体は2車線分あるのだが、コンクリートで舗装されているのは1車線分で、しかも路面はかなりのガタガタ。アップダウンもひどく、シートベルトもエアバッグもないラリーカーにヘルメットなしで乗っているようなもので、頭を天井や窓ガラスに打たないよう、それだけに注意を払った。スピードがどれだけ出ているのかメーターを覗き込むが、車がジャンプするたびに針が揺れるだけで、速度と連動しているわけではなかった。
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40分ほどのスリリングなドライヴの末、ミングォンに到着。エヤワディー河に向かって2頭のライオン像が参道の左右を守っている。残念ながら頭の部分は崩れ落ちてしまっているが、胴体を見上げるだけでその巨大さが伝わってくる。シギリアの岩の上のライオンとどちらが大きかっただろうか?
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そして参道の奥にはミングォンパヤー。コンバウン朝第6代ボードーパヤー王が世界一を目指した未完の大塔跡。王の死去により工事は中断されたが、土台でさえ十分デカい!上に階段が続いているが、先日の地震以降立入禁止になりましたとのこと、うーん残念。ミングォンパヤー近くにはこの寺院のために鋳造された90トンの世界最大級の鐘も残っている。
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既にアユタヤを滅亡させていたビルマは、ボードーパヤー王の時代にマニプール王国やアッサム王国まで支配下に入れ、史上最大の版図を実現した。ミングォンは繁栄の証に何もかも桁外れの規模で寺院建設しようとした夢の跡である。

巨大寺院の感銘を後に、また同じガタガタ道をジャンプしながら戻り、今度はサガインを通り過ぎて、インヤ(旧名ジャトナプラ、英名アヴァ)へ。車を降りてここで一旦お兄さんと別れ、渡し船に乗る。
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舟で対岸に渡って昼食を済ませ、ここからは馬車に乗り換える。面白いなこのツアー!
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馬車は王宮の城壁に沿って、バガンを思わせる遺跡や少年僧が学ぶ僧院などに立ち寄りながら進んでいく。
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城壁の中へ入ると、なんと、そこには広大な畑が広がっていた。ここで降ろされたら絶対に迷子になるな。
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王宮の監視塔が見えた。先日まで上に上れたのに、地震以降立入禁止になりました、って、またそれかい!

かつての王宮の木造建築は残ってないが、煉瓦造りのマハーアウンミェ僧院だけは昔の姿で残っていた。
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崩壊の危険があってこの間まで立入禁止でしたが、補強工事が終わったので今度は中にどーぞとのこと。あ、そう。ここは王妃が跡継ぎ候補の王子を何人も毒殺した逸話があるそうで、中の薄暗さが背中にゾクゾクくる建物である。

馬車でのインヤ王宮跡巡りを終え、船で車に戻る。

ところで、ミャンマーでFBができるか尋ねてみたら、ピウピウは私の古いノキアは電話しかできません、とのこと。それでさえ一昨年大変な思いをして買ったのに、今や時代遅れになってしまって、とぽつりと言った。

そう言えば、昨日の夕方、なんでマンダレーヒルの石段をひとりで下りてきたの?と尋ねたら、両親が亡くなってから法学部も休学し、住む家もなくなって腹違いのお兄さんのところに転がり込み、裁判所の見習い勤務の合間にマンダレーヒルを上ったり下りたりしながら観光客を捕まえているとのことだった。ま、それにコロッと引っ掛かった自分だが・・・
ヤンゴンで会ったイケイケ上流階級のヨーヨーと、マンダレーで一緒した民族衣装の似合うピウピウは、同世代のビルマ女性だけど全く対照的なイメージ。

車で少し走って、今日の最終目的地、160年前にインヤとアマラプラを結ぶためタウンタマン湖に掛けられたウーベイン橋へ。全長1.2kmのチーク材の橋を対岸まで散歩。
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(これで昨日のタクシーで一緒になった女性のお奨めも制覇)

橋の上は、さすが、夕陽の名所!
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ええとこや、ビルマ!
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by phraganet | 2013-01-15 01:47 | ミャンマー

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