高野山、日本一の路線バスと十津川温泉

高野山を訪れた。

高野山は、当時東アジアで最も印度哲学を極めた天才空海が、自らの宗教観を具現化するため開いた霊場で、古くから人々が険しい山道を越えて通って来る重要な聖地だった。
f0136038_01152026.jpg
はずなのに、関空から乗った直通バスは奥の院前までいともあっさり連れて行ってくれたので、戦国武将や歴史上人物の供養塔が並ぶ参道を進み、まずは奥の院弘法大師御廟にお参りしてから、宿坊がひしめく高野山のメインエリアに降りて来た。

f0136038_01152148.jpg
宿を取ったのは一乗院というお寺。
f0136038_01152193.jpg
素敵な庭や、誰でも写経などに利用できる豪華な部屋がいくつか用意され、お膳で運ばれる綿密に調理された精進料理の数々を頂く。
f0136038_01152025.jpg
f0136038_01152018.jpg
宿坊ってお寺に素泊まりするイメージだったけど、今や高級旅館以上のホスピタリティになっとるんや!すごいな。

早朝のお勤め。
f0136038_01152049.jpg
からの、紅葉の始まる中を歩いた真言宗総本山金剛峯寺は、何故か秀吉が建立した青厳寺が近代に改名されたものだそうで、歴史的には奇妙だけど、最も立派な造りの寺だったからこうなったのか。
f0136038_01152860.jpg
そして、空海自身が開いた禅場伽藍へ。

右遶(うにょう)と言って右肩を金堂に向け時計回りするのが正しい参拝の仕方で、これはチベットやブータンのコルラと同じ。
f0136038_01152997.jpg
六角経堂の基礎部分に取っ手があり、人々が三周回しているのも、チベットやブータンのマニラカンと同じ仕組みだ。鎌倉の長谷寺で見た摩尼堂を思い出す。

高野山からケーブルカー、南海電鉄、JR和歌山線と乗り継いで五条駅に出る。

五条駅前で名物柿の葉寿司と缶ビール買って乗り込んだのが、近鉄大和八木駅からやってきてJR新宮駅までを6時間半で結ぶという日本最長の路線バス。噂のとおりホントに普通の路線バスだったので、いっぱいの乗客の中ぎりぎり座れたのはよかったけど、弁当開くにはちょっと気後れした。

バスは熊野川に沿って渓谷をくねくねと進み、最初の休憩地上野地では、すぐ近くの名所谷瀬の吊り橋を強風の中ダッシュで一往復する肝試しのような体験をする。二つ目の休憩地十津川温泉を過ぎ、この日は昴の里に宿泊。

昔から人々が河を渡るため使った乗り物である野猿にトライする。


翌朝、昴の里からまるでタイムトンネルに入り込むような旧道の隧道を通って、熊野参詣道のひとつ小辺路に入り、そのまま果無峠(1,114m)まで登るトレッキング。
f0136038_01152957.jpg
天空の里と呼ばれる途中の果無村では、農家のおばあさんに声を掛けてもらい、縁側お借りしてちょっと休憩。
f0136038_01152919.jpg
高野山からほぼ一直線に熊野本宮大社に伸びる小辺路、巡礼の道であり生活の道でもあったが、なかなかに険しい。
f0136038_01152875.jpg
果無峠到着、さぶっ、手がかじかんで震えるので、掌に出したおやつのチョコボールがなかなか摘めない、爆笑!

この日は宿を替え、静響の宿山水、上湯と呼ばれる十津川温泉の中でも源泉に近いところで、湯の花が多く舞い、ぬるぬると身体にまとわりつくような感触のお湯。お風呂から上がって熊野古道麦酒飲みながらの懐石。
f0136038_01153684.jpg
翌日は旅の最終日、十津川温泉から東の玉置山に登るバスに乗って玉置神社に参拝。
f0136038_01153774.jpg
また同じバスで十津川温泉バス停に戻るが、近くに食堂がなかったので、昴の里まで送ってもらってランチ。

昴の里から再びまた例の路線バスに乗り、今度は終点JR新宮駅前まで行った。

新宮駅で、次の名古屋行き特急ワイドビューまで1時間ほどあったので、駅前でタクシー拾って夕暮れの新宮参拝。
f0136038_01153750.jpg
特急ワイドビューに乗り込み、長い名古屋までの道中は、熊野地方の名物で握り飯を高菜で包んだめはり寿司と一番搾り和歌山造りで。
f0136038_01153714.jpg


[PR]
by phraganet | 2017-10-04 01:28 | 日本

アジアを歩けば何に当たる?タイやインドでの煩悩な日常と、気ままな旅のメモ


by プラがね: