サマルカンドブルー

この日も朝早く起きて、昼間の酷暑からは想像もできない気持ちいい涼しさの中を散歩。
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おばさんたちが公園で井戸端会議をする脇を通り抜けて、レギスタンアンサンブルへ。

開門はまだだが、ポリスに下手な英語で付いて来いと声を掛けられた。
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ホントは入場できないところを特別に入れてやるとの話だなとすぐ理解したが、人が来ないうちにゆっくり散歩するのもありかと素直に付いて行った。

レギスタンはアンサンブルというぐらいで、左からウルグベクマドラサ、中央にティリャコリマドラサ、そして右にシェルドルマドラサと15世紀ごろの3つの神学校が向かい合う複合施設。

誰もいない朝の文化遺産の中をひとつずつ独り占めの散歩。
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ミナールの上にも登ってみた。
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シェルドルマドラサの門の上部に、人面の太陽を背負った豹が白鹿を追う姿が左右に描かれている。
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あ、これはウズベキスタン到着初日に、タシュケントでメトロ乗車のお釣りに200スム札もらって、何じゃこりゃ?と不思議に思った絵柄ではないか。
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宿に戻ると、中庭のテーブルに朝食の用意が整っていた。
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ひとりで食べ始めたら、タシュケントからドライヴして来たロシア系の夫婦もテーブルに加わって、英語のできる旦那の方といろいろおしゃべりした。

朝食を終えて宿の外に出ると、ミーシャが車で待機していた。これをお土産に、とプラムをくれた。いや、ブハラで散々プラム食ったしと言ったら、いやいや、サマルカンドのプラムはブハラのとは全然違うから食ってみろと言う。確かに、ブハラで食べた酸っぱいものではなく、柔らかくて甘い、それはまるで白桃のような味だった。んまい!

今日は郊外のドライヴから始めて、後で市内に戻ると言いながら、車を出す。街を出ると、道路脇には林檎や葡萄の果物畑が広がった。

最初に着いたモスクは、ブハラでも見た木の柱が並ぶ造り。
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奥は15世紀の宗教指導者のお墓。
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参拝の人々は、境内にある古い樹の周りを静かに回っていた。
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モスクを出ると、綿畑が広がった。
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この辺り一帯はもともと綿の栽培が主だったが、サマルカンド出身の初代大統領イスラムカリモフの指導で、多くは経済効果の高い果物に植え替えさせたらしい。初代大統領に対する国民の尊敬が厚いことを言葉の端々に感じる。

次に着いたのはイマムボカリ霊廟。
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地元ではセカンドメッカと呼ばれるほどの聖地。まずは有難い湧き水で身を清めてから参拝。
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その後市内に戻り、ティムールの孫にしてサマルカンドの統治者であり、学者でもあったウルグベクの天文台に寄る。
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次に訪れたのは風光明媚な聖なる泉。
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ときどき標識にシアブという地名を見掛けるが、水脈というような意味で、高速鉄道アフラシアブの名前は、かつてのオアシス都市であったサマルカンドの旧名から取ったものらしい。また、例の太陽を背負った豹の絵も、このアフラシアブの都市の成立に関わる物語が込められていたらしい。

次に寄ったのはシャーヒズィンダ廟群。
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ピラミッドとかルクソールとかタージマハルとかフエとか、いろいろお墓を観光したことはあるけど、ここはその中でもひと際美しいと感じた。
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突き抜けるような空の青さと相まったサマルカンドブルーの境地。
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廟が並ぶ外観もだが、内部のタイルのデザインも美しい。
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こちらはカズレットキズルモスクで、初代大統領はここに祀られている。
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向こうの丘の上に大きなモスクが見えて、そこまで歩く。これはティムールの建立したビビハヌムモスクで、ビビハヌムとはティムールの妻の名前らしい。
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ビビハヌムモスクの隣、デカいシアブバザールに入ってみた。
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少年が売るスパイス
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お世話になったおいしいプラムや林檎、葡萄。
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ミーシャがここで一旦ランチにしようと言って、プロフのおいしい店に連れて行ってくれた。
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ご飯にビーフが乗っているのは一緒だが、ブハラで食べたプロフのようにピーナツとレーズンはない。代わりにうずら卵が乗ってる。ミーシャが、どんと出て来た関節からコラーゲンをこそぎ落とし、中から骨髄を取りだして、こちらに回してくれた。んまい!
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店の女性たちが冬に向けた備蓄用に、取れたてトマトを絞っていた。
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こちらはティムールとその家族の墓、グーリアミール廟。
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その近くのドームは、デリーでもよく見るかたちのもの。
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ティムールは14世紀後半から中央アジアやコーカサスだけでなく、ペルシャやオスマン帝国や中国とも戦火を交えている。一時はデリースルタン朝のひとつトゥグルク朝を撃破してデリーに入城し、多くの財宝をサマルカンドに持ち帰った。このときインドイスラム建築の特徴も学んだらしい。歴史の繋がりを感じる。

またティムールの子孫であるバーブルは、16世紀にパニパットの戦いでロディ朝を破って、デリーとアグラを征服して帝国を築き、これはムガル朝(モンゴルの王朝)と呼ばれて、英国植民地になるまで続いた。

ミーシャが近くにワイナリーがあると言うので、それは是非テイスティングさせてもらわねばと思ったが、日曜日は18時から営業とのことで、一旦宿に戻って休憩し、夕方改めて出掛ける。
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前室の展示。
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奥に進むと、おひとり様のためにここまでのセッティング。ほお!
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まず最初の白を口に含んで、すっきりした中にもフルーティな味わいがあり、その感想を口にすると、伝統に従って飲み干して頂かないと次の説明に移れない、と言う。

その後、ひとつひとつ説明受けながら、ドライの赤を2種、デザートワイン4種、結構きついなあと思いながら、続けてコニャックを、軽め、重め、ハーブと蜂蜜を浸けた薬草風の3種と頂き、やっと全部空けた達成感と共に、ブラボー!とプレゼンテーションに拍手したら、気をよくした係員が、ちょっと待ってくださいと奥に引っ込み、これは普段テイスティングでお出ししていないのですが、と特別にもうひとつ最高級コニャックを箱から出してきた。
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行掛り上、これ飲まんわけにいかんな。ひえーっ!

ワイナリーを出た後、ミーシャが、ワインも試したことだし、近くにブルワリーもあるので、今度は出来立てドラフトビアも試してみろと勧められ、もうここまで来たらどうにでもなれという気分で、ケバブをつまみにまた飲む。

この夜はディナーにも出掛けず、宿に戻ったらぶっ倒れるように寝た。ZZZ


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by phraganet | 2018-08-19 01:57 | ウズベキスタン

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by プラがね: