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シャフリサブス歴史地区

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最終日朝の散歩は、宿を出て公園を右に折れ、レギスタンアンサンブルを背に歩くと、昨日訪れたビビハヌムモスクに出た。
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今回の宿Furkatは、サマルカンドの主な遺跡にすべて歩けるホントにいいロケーションだった。並びにあるシアブバザールはまだ開いてない。

散歩から宿に戻ると、今日の朝食はサモサだと言われて出てきたこれ、見慣れた三角形ではないが、ウズベクではこれもサモサと呼ぶのだろうか。
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昨日ミーシャに、サマルカンドからタシュケントへ帰る列車が午後だと言ったら、昼までにティムール生誕の地、シャフリサブスに行こうと言われ、宿で知り合った琉球大生リョウも誘って出掛けた。

シャフリサブスは、周りを山に囲まれたサマルカンドから南に85km、山をひとつ越えて行く。
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1時間半ほどのドライブで到着した駐車場からシャフリサブス歴史地区に入ると、まず目の前に現れるのが遠近感が狂うほどのどデカさ、ティムールの夏の宮殿、アクサライの門。
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屋根は崩れ落ちてしまっているが、その大きさとかつてブルーに輝いたであろう美しさが忍ばれる。
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その奥にあるアミールティムールの立像。
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歩き始めて分かったが、歴史地区と言われるこの公園は、どこまであるんだろうというぐらい奥に長い。
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こちらの建物はティムールの息子ジャハンギールが眠る廟。
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本来ティムールもここに葬られる予定だったらしいが、彼の遺体は結局サマルカンドから生まれ故郷に戻ることはなかった。

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ティムールの孫にあたるウルグベクが建てた金曜モスクの日陰で休憩していると、リョウが修学旅行中の女子高生に囲まれて、英語でいろいろインタビューを受け始める。
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この後、せがまれてリョウと僕を両脇に女子高生ひとりずつと記念写真。こんなモテたことない、長い列ができる笑。

一番奥まで歩いてへとへとの汗びっしょりになり、帰りはカートつかまえて乗せてもらって戻った。助かった。

途中の道端でおいしそうな葡萄を並べて売ってる。
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ランチは峠のレストランで、ビーフとラムのバーベキューを、野菜とヨーグルトと共に頂く。肉が柔らかくてんまい!さすがに峠の店にドラフトビアはなかったので、ツボルグをボトルで。
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今日のパンはぷっくりのノンではなく、平べったいファテル。かなり固くて食べ辛い。

最後に定番の緑茶。ミーシャが、肉食った後はグリーンティに限るな、と言って何杯もおかわりした後、ポケットの容器から煙草を取り出して口に含んだ。ウズベクでは噛み煙草が人気のようだ。
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また1時間半のドライブでサマルカンドに戻り着き、この後タジキスタンに入国してパミール高原を目指すというリョウを宿に送って、自分はサマルカンドの鉄道駅へ向かう。
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楽しかったし、おいしかったし、いろいろ学んだ文明の十字路ウズベキスタン。また来れたらいいな、来れるかな。


by phraganet | 2018-08-24 01:09 | ウズベキスタン

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