カテゴリ:カンボジア( 9 )

先月、シエムリアップで安いドラフトビアを飲んだくれてた僕は、ひょんなことから「クメール5大遺跡めぐり」という記述を目にする。

「クメール5大遺跡」というのは、
   - 7世紀の真臘(チェンラ)の都 
     「サンボール・プレイ・クック」
   - 10世紀の幻の都
     「コーケー」
   - クメール最大遺跡と言われる
     「プリアカーン・コンポンスヴァイ」
   - アンコール・ワットと同時代の巨大寺院
     「ベンメリア」
   - 四面仏塔と千手観音レリーフの美しい
     「バンティアイ・チュマール」
を指すらしい。

どういう基準でくくっているのか異論もあるけど、もともとヨーロッパの学者が言い出したものが、最近旅行者の間でよく引用されているみたいだ。
コーケーから戻ってきたばかりの僕は、ベンメリア、サンボール・プレイ・クックバンティアイ・チュマールに行ったことがあるので、、あとプリアカーン・コンポンスヴァイに行けば全制覇だなと思った瞬間、これはついでにプリアカーン行っとかないとバンコクに戻れないという気分になってしまった。

早速ゲストハウスに戻って、車の手配を依頼するも、スタッフの誰もプリアカーンのことを知らない。ガイドブックにも載っていないので、こちらもうまく説明できない。
地図で調べてみると、アンコール、ベンメリア、プリアカーンは、かつてのクメールの「王の道」に沿って同じ東西軸に一直線に並んでおり、アンコールから40km真東に行くとベンメリア、さらに真東に60km行くとプリアカーンに辿り着くはずだ。

ようやく、道に詳しいという若い運転手をゲストハウスが呼んでくれたが、彼の答えは、そこには行けない!の一言だった。そんなはずない、紀行がネットに載ってる、と説明すると、でも1日では辿り着けない、と言う。さらにいろいろ調べてみると、ベンメリアまでは道路が整備されているものの、そこから先は道なき道で、片道10時間を要するようだ。
うーん、これでは、4輪駆動車と運転手の2日間レンタルで、時間も費用も嵩んでしまう。泊まるところの当てもない。確かに数年前までヘリコプターをチャーターしないと行けないと言われていたようなところ。

いろいろ考えを巡らすと億劫になって諦めかけたが、夜またゲストハウスのレセプションで、最初に尋ねた男性スタッフが、プリアカーンに行けるという運転手を見つけましたと話しかけてきた。何でも、東に真っ直ぐ走ったのでは道が途切れてしまうので、まず国道6号線を南東に突っ走り、ストン(Stoung)の村あたりから北上する片道3時間半ほどの新ルートがあるという。
やったね!

翌朝6時、ゲストハウスに迎えに来たランドクルーザーにはふたりのクメール人男性が乗っていた。ひとりはこの車のオーナードライバーで、以前テレビの取材でプリアカーンに行ったことがあるらしい。もうひとりも職業は運転手だが、プリアカーンのすぐ近くの村の出身なので、今日はナビゲーターとして同乗してくれているとのこと。追加料金は取りませんから、とニコニコしている。


早朝の国道を時速約100kmで快調なドライヴのスタート、途中ストンでクイティウの朝食を済ませ、ここから農道に入るが、それでも80kmぐらいで飛ばしている。
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このまま遺跡に到着できるんなら楽勝と思われたが、だんだん道は荒れて狭くなり、2時間も経つと、巡航速度は20kmほどに落ちる。途中で生きた豚を運んでいるおじさんたちと出会ったが、道が狭くてオートバイとすれ違うにも一苦労。
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橋がなくて川底を渡るところが4箇所あり、乗用車やヴァンでは絶対に行けない、の説明に改めて納得。2度ほどぬかるみからの脱出に苦労したし、この調子じゃ、おそらく雨季にはランドクルーザーでも辿り着けないと思う。道が消えてしまって、草むらをどっちに進んだらいいか全く見当のつかない場所もあって、地元出身ナビゲーターの必要性を痛感する。

このふたり、とてもいい人たちやったんや。ありがとう!

なんだかんだで4時間近く、車はプリアカーン・コンポンスヴァイの北東正面に到着。
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入り口でヒマそうにしていたバイクの兄ちゃんに入場料5ドルと言われて素直に渡してしまったが、考えたら、入場券のようなものはなかった。

まだ訪れる人もなかったベンメリアに初めて行ったとき、地元警察に金を渡し、彼の後をしっかり着いて行かないと地雷を踏むと脅された。確かに、すぐ横では作業員が地面に這いつくばって慎重に地面に棒を刺して地雷をチェックしていた。近すぎやろ、これって。
このバイクの兄ちゃんがあんな風に先導してくれるのかと思ったら、勝手に中に入れと指差された。地雷は、日本の協力により2006年4月に除去されましたと看板にある。めちゃ広そうなのに、ホンマかいな?

ジャヤヴァルマン7世の様式を感じさせる搭門をくぐって、巨大伽藍に入る。全くの静寂の中、遠くの鳥の鳴き声と近くに虻の羽音だけが聞こえる。
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参道右、巡礼者の宿泊施設だったダルマサラだ。
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ひたすら真っ直ぐ進むと、回廊の入り口に着いた。回廊に入ろうとして、テラスから後ろを振り返ると、さっき入ってきた搭門はすでに森の中でもう見えない。
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回廊の内側。
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近づいてみると、見事なレリーフ、繊細で保存状態もいい。でも、残念ながら、ここにいたはずのデヴァター(女神)は盗掘されている。たぶん、とても美しかったんだろう。
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プリアカーンを出ると、車はすぐ近くのプリアストゥンに寄った。
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バイヨンのような四面仏塔。
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巨大なバライ(大貯水池)もあり、かつてバライの中心寺院だったメボンも残っている。
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塔を支えているガルーダ、イカしてるね。こいつはアンコールのプリアカーンにもデザインが似ていると感じた。
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バライの東岸にはプリアダムレイ(聖なる象)というピラミッド形式の寺院があった。このかたちはコーケーで見たプラサート・ダムレイの流れだね。手前にはナーガのテラス。
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ってなことだった、プリアカーン・コンポンスヴァイ。無事に来れてよかった。
カンボジアもなかなか奥深いけど、これで、しばらくはもう来ないかも・・・(笑)


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by phraganet | 2010-06-18 03:34 | カンボジア

生ビールのダンピング

先月クメール遺跡を訪れたとき、シエムリアップでの宿泊はThe Villa Siem Reapをネットで見て予約したけど、リーズナブルで小ぎれいなゲストハウスでよかった。

スタッフの対応も良くて、ここで手配してもらったトゥクトゥクは親切だし明朗会計だし、おかげで気持ちよく観光できた。


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夜は毎晩、オールドマーケット近くのバーストリート(もしくはパブストリート)に出た。クメールBBQからタコスやピザまで、ビールのつまみには困らない。

結構おしゃれな店も多いし。
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この通りのすごいのは、ビールが破格に安い!
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おいしく冷えたアンコールビアのドラフトが1杯50セントって、おかわりしてやっと90円。小さい水のペットボトルが1ドルで売ってるっちゅーのに、どーゆーこと、これ?

カンボジア、恐るべし! うれしくてたくさん飲んだけど・・・(笑)
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by phraganet | 2010-06-07 01:09 | カンボジア

コーケー遺跡群

コーケーは、アンコールの北東約100kmに位置する幻の都。

9世紀末から10世紀前半に掛け、ハリハララヤ(ロリュオス)からヤショダラプラ(第一次アンコール)に都を築いたアンコール王朝の本家に対立し、妃の弟という身分であったジャヤヴァルマン4世が王位を奪って遷都した地。
但し、コーケーに都が置かれたのは王2代、わずか十数年の間だけで、10世紀半ばに旧王家が復活すると、その後千年以上も捨てられた地となった。
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シュムリアップからバスに乗り込み、途中ベンメリアまでは道路が整備されているが、その先は座席から飛び上がり、頭を窓にぶつけるような激しい揺れ方で、でこぼこ道を進んでいく。途中にチェックポイントがあって、ひとり10USDの入場券を買う。

約2時間半のドライヴの末、コーケーに点々と残る遺跡の中で、まずは南端に近いネアン・クマウに到着した。「黒婦人」の異名を持つこの遺跡は、ラテライト造りで、ちょっとチャンパ遺跡を思わせるすっきりした姿で建っている。
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さらに北に進んだプラサート・チン。
チンはクメール語で中国の意味だが、これは後世につけられたニックネームで、中国の寺ではもちろんない。立派な塔が三つ並んで建っていたが、今は倒壊して無残な姿をさらしている。
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バスはさらに北に進み、いよいよコーケー遺跡群でも一番大きいプラサート・トムに着いた。

入り口の砂岩造りの門はかなり倒壊が激しい。
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こちらは参道脇にある経蔵。コーケーからアンコールに再び都が戻ったときに建設が始まったのがバンティアイ・スレイで、この経蔵の屋根の形はバンティアイ・スレイを髣髴とさせる。
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中に進むと、レンガ造りの搭門が立派な姿を留めている。
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搭門をくぐると、その先に九つあったというレンガ造りの中央祠堂まで回廊が繋がっていた様子が、倒れた柱からうかがい知れる。
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寺院の中央をさらに奥へ進むと、コーケーのハイライトとでもいうべき、高さ45m、7段のピラミッドに出る。以前は木の階段で上まで登って四方を眺めることができたらしいが、事故があったようで、残念ながら上に登ることは許されなかった。かつてはこのピラミッドの最上段に木造の祠堂が建っていたと考えられている。
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プラサート・トムを出ると、バスは今度はラハルと呼ばれる大貯水池を北から東に回り込んだ。
この辺りにはリンガヨニを本尊とする石造りの祠堂がいくつか散在している。
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また、プラサート・トムでも見たようなバンティアイ・スレイ風の屋根を持つ寺院も複数ある。
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さらに貯水池の南側まで一周すると、道路から少し外れたところに、プラサート・ダムレイと呼ばれる寺院があった。ダムレイはクメール語で「象」の意味。
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プラサート・ダムレイ自体は小さな建物だが、四隅を象が守り、階段をライオンが守るこの形は、アンコールに都を戻したラジェンドラヴァルマン1世が相次いで建設した、東メボンとプレ・ループへと、そのスタイルを伝えている。

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by phraganet | 2010-06-03 03:33 | カンボジア
f0136038_2351442.jpg先週末、バンティアイ・チュマールという、タイ国境から近いカンボジア北部の遺跡を訪ねるバス旅行に参加した。

土曜日の昼下がり、バンコクからバスに乗って3時間余り東に走ると、あっけなく国境に着く。ここで一旦バスとお別れし、歩いてカンボジアに入国。アライバルビザ代は20USドルのはずなのに、どういうわけか係官から100バーツ余計に要求された。 
ちっ。

f0136038_236572.jpg国境の町ポイペトの入り口は噂に聞いたカジノホテル街で、週末をギャンブルで楽しもうというタイ人で賑わっていた。ここで使用される通貨はタイバーツで、ディーリングもタイ語で行われる。ミニマムロットはルーレット10バーツ、バカラ200バーツなどとリーズナブルな設定で気軽に遊べる。

一旦へこんだ掛け金がその後盛り返してきたが、明日の朝も早いことだし、かわいく儲けたところでさっさと切り上げる。


f0136038_237293.jpg翌朝、しっかり朝食を取ってホテルをチェックアウトし、カンボジア側のバスに乗り換えて7時に出発。国境の町ポイペトから隣のシソフォンまで最初の45kmは、国道5号線を朝陽に向かって快適なドライヴだったが、シソフォンで北に左折すると未舗装のガタガタ道が始まり、バスは小刻みに揺られ続けて、ここからの70kmはなかなかハード。

それでも、カンボジア政府はバンティアイ・チュマールを世界文化遺産に登録すべく整備中だそうで、人を寄せ付けなかった数年前までと比べると、道路事情は格段に改善されたらしい。

10時前に遺跡に到着。堀の外から見ると、伽藍はびっしりと緑に覆われている。クメール遺跡の正面である東に回り込んで中に入ると、まずは巡礼用の宿泊施設であったというダルマサラが右に見えてきた。
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これは最近になって発掘されたガルーダのテラス。
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東の回廊では、大掛かりなジグソーパズルでもするように、壁の修復作業が続いていた。
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門をくぐって中に入ると、崩れた砂岩がぎっしり山積みになっているので、足元に注意しながら遺跡を踏み伝って進む。うわ、この感触、2001年にベン・メリアで、地雷除去作業のすぐ脇を進んだときを思い出す。
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伽藍の中心部には四面仏塔が連なっている。13世紀、アンコール・トムの中心寺院バヨンを建てたジャヤヴァルマン7世らしいデザイン。
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伽藍を西に抜けると、回廊の壁に彫られた32本の腕を持つ菩薩のレリーフが実に見事。今でも地元の人の参拝が続いていると見えて、足元にはお線香が供えられていた。
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比較的きれいに残っている南の回廊。
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これは南の回廊にある、チャンパ軍がトンレサップ湖を上ってアンコールに攻めたときの場面で、これもバヨンのレリーフと同じモチーフ。力がみなぎってるね。
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この日またバスでバンコクに戻ったけど、ホントはもっと時間掛けて楽しみたい、見所たくさんの遺跡だった。

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by phraganet | 2009-09-23 23:17 | カンボジア
日曜日、ツアーに参加してプノンペンから南へ80km、タケオの町で小さなスピードボートに乗り込んだ。

どこまで行っても水平線が延びる、一見でかい湖のようだが、実は雨季ですっかり水をかぶった田んぼや道路の上で波を蹴立てて進んでいる。

しばらく行くと、水平線のかなたから見えてきたふたこぶの山が、目指すプノム・ダの丘。
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ベトナム南部アンザン省のオケオ遺跡から出土した多くの装身具や貨幣は、ここにあった扶南という国が、早くも2世紀から東は中国、西はローマまで世界と広く交易があったことを示しているが、扶南の港町オケオは80km北方の都アンコール・ボレイと水路で結ばれていて、アンコール・ボレイ後背の聖山がこのプノム・ダだった。

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水田の中に立つプノム・ダへ車で近づくのは大変なので、こうして雨季にボートでアプローチ、タケオを出て45分で丘の麓に着く。
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周りの水田はすべて冠水しているので、孤島の漁村にでも辿り着いたよう。投網で獲れた鮒にご機嫌のおじさんたち。
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ふと、丘の中腹を見上げると、おお、砂岩の祠堂、アスラム・マハルセイ。
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内部は2重構造になっていて、インドやパガンの僧院のような造り。

遺跡の前のモデルさんたち。
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さらに道を進んで、次の丘への急な階段を登り詰めると、プノム・ダの祠堂が頂上にドンとそびえている。でかい!
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こちらはラテライト建築、チャムの塔にそっくり?

アスラム・マハルセイは北に向かってたけど、プノム・ダは南に向かって入り口が開いている。6,7世紀ごろにはまだ「ヒンドゥー建築は東向き」という常識がなかったかもしれない。

祠堂に入って上を見上げると、わ、レンガの迫出しもすごいっす。
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プノム・ダの祠堂にはプノンペン国立博物館の展示物でもひときわ大きい八臂のビシュヌ像が安置されていたそうで、他にラーマ像、バララーマ像を出した洞窟も頂上から少し下ったところにある。
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by phraganet | 2008-10-07 02:08 | カンボジア
プノンペンとシュムリアップのほぼ中間に位置する街、セン川のほとりにあるコンポントムに一泊し、早朝サンボール・プレイ・クック(Sambor Prei Kuk)を目指した。街を出てすぐ6号線を右に折れると、車は未舗装のどこぼこ道を飛び跳ね始める。

サンボールプレイクックは、6世紀ごろから栄えた真臘(Chenla)の都イシャナプラ(Isanapura)があったところと考えられ、北グループ(Prasat Sambor)、中央グループ(Prasat Toa)、南グループ(Prasat Yeai Poem)という、それぞれもともと城壁に囲まれた遺跡群が残っている。

遺跡に着くと、どこからともなくクメールスカーフを抱えた女の子たちが走り寄って来る。ずっと付きまとわれても困るので、首筋の日焼け防止のためにも1本買って首に巻いた。1ドルまたは4000リエル。

南、中央、北の順で歩いて回る。まずは特徴的な八角形平面を持つ南中央祠堂(S1)。こういうレンガ造りの建造物を見ると、どうもチャンパ遺跡を思い出してしまう。
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f0136038_3471248.jpgインドのグプタ美術の影響を受けた「飾り窓の男の天蓋」があることで有名なS2は、残念なことに2006年8月の豪雨で崩壊したとのこと。断面を見ると、レンガの迫出し積みの技法が一目で分かる。

スカーフ売りの女の子は結局ずっと着いてくる。向こうにはライオンがいるんだよ。へえ、ガイドしてくれてるんだ。午後からイングリッシュスクールに行ってるとかで、英語がうまい。名前はマインというらしい。



f0136038_3474713.jpg中央グループに入る。惚れたよ、このシンハには。ユニークなデザインのたてがみで中央祠堂(C1)の入り口を守っている。










f0136038_3513513.jpg続いて、北グループ。写真はサンボールプレイクック全体の祠堂外壁に見られる空中宮殿(Flying Palace)の彫刻。最下層でガルーダ他の神獣たちが、宮殿を空中に支えているように名付け親のフランス人には見えたらしい。

北グループはハリハラ像やドゥルガー像など有名な立像が出てきたことでも知られている。



3時間ほど歩いた後、北の駐車場に戻ろうとすると、マインが「あっちには行かないの?」と城壁の外を森の方に歩き始めた。おいおい、どこ行くの?


木陰をくぐってここに出たとき、思わず息を呑んだ。うわー、こりゃ、すんげぇことになってるね(N22)。

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しかしこうなると、近い将来このレンガ造りの遺跡は崩れ、やがて土に戻っちゃうんだろうな。胸が痛むよ。
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by phraganet | 2007-05-04 03:58 | カンボジア
f0136038_3362578.jpgコンポンチャムの町外れにあるワットノコール(Wat Nokor)は、13世紀に建てられたアンコール様式の大乗仏教寺院で、その後も増改築が続けられたらしく、明らかに年代が違うと思われるナーガやシンハが一緒に並んでいたりする。

如何にもアンコール様式を感じさせる回廊の楼門をくぐると、遺跡の中央部には後世になって増築された木造の上座部仏教寺院があり、今でも地元の人々の信仰を集めている。

f0136038_3365097.jpg回廊の壁に彫刻された伏目のデヴァタたちと、下部にのみ連子を入れた偽窓。












f0136038_3373073.jpg中央祠堂の四方の破風にはそれぞれ釈尊の物語が彫刻されている。写真はカンタカにまたがり釈尊が出家する場面。
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by phraganet | 2007-05-04 03:39 | カンボジア
TGでプノンペン空港に降りた。シュムリアップではなくプノンペンからカンボジアに入るのは、サイゴン時代の出張以来もう8年振りぐらいかな。

当時ベトナムで、田園の向こうに熱帯雨林が広がる風景に慣れていた自分には、クメール平原の乾いた大地にウチワヤシが点在する光景がとても不思議なものに見えた。ウチワヤシの樹液は砂糖の原料になり、発酵させると発泡酒も造れる、貴重な作物である。
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プノンペンの雑踏を離れて5号線を北へ、ウチワヤシの景色を眺めながら途中6号、7号線と別れ、国道がメコン川にぶつかるところにコンポンチャム(チャムの港、の意)という、文字どおり今のベトナム中部から移ったチャム族が多く住む町がある。
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町に着いて車を降りると、自転車の少女が笑顔で迎えてくれた。しかしぃ、君には大きすぎるでしょ、この自転車。で、何を売りつけようとしてるの?

後ろのかごを見ると、あー、蓮か。そう言えば、道すがら蓮畑も見えたな。池に蓮の花がずっと広がっていて、とてもきれいだった。

f0136038_3164622.jpgでもさ、これ買っても食えないし。
「塩茹でしたのは前のかごだよ」と、クメール語で言ったのだと思う。

しゃーないなあ、どれどれ。皮を向いてどんぐりみたいな実を口に入れると・・・、
んまい!くわいの食感に少し銀杏の苦味を加えたような。ビールに合いそう。
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by phraganet | 2007-05-02 03:22 | カンボジア

プリアヴィヒアの天使

タイのとても暑い時期のこと、土曜日にウボンラッチャターニーで仕事を終え、日曜日はバンコクへ戻るフライトを夕方にした。タイ語でカオプラウィハーン、クメール語でプリアヴィヒアと呼ばれる遺跡に寄ってみたかったからだ。
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この遺跡はタイとカンボジアの国境であるダンレク山中にあり、カンボジアが国際司法裁判所で勝訴して領有権を確定したが、断崖絶壁の上に建っているため、カンボジア側から近寄ることはできず、タイからパスポートなしで入れるカンボジア領、という不思議な扱いになっている。

仕事で一緒だったスタッフ4人と共に、ウボンから1時間半のドライヴ。遺跡の入り口は一応国境になっていて、手前はタイ警察が、越えるとカンボジア軍が警備に当たっている。道端の土産物屋もクメール人に変わった。

灼熱の中、表参道を登る。1000年近い歴史のある石段。頂上の本堂に着くと、アンコールワットのような大きいつくりのものではないが、堂々たるクメール建築が残っている。中でも圧巻は、本堂の先の断崖絶壁!眼下にカンボジアの平原が広がる。クメール代々の王がこの地を崇めた気持ちもうなづける。
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カンボジア側から駐車場のあるタイ側に戻る途中、4歳くらいの小さい女の子が何か言いながら近寄ってきた。物売りだろう、「マイアオナ(要らないよ)」と答えて、彼女の方に目を向けずに通り過ぎようとした。

「水ください、って言ってますよ」とスタッフに言われた。「あっ、これ?」。表参道を登る前に一本ずつペットボトルの水を買ったが、まだ飲みきらずに、ボトルを右手にぶら下げていたのは自分ひとり。ほんのちょっと、すっかり温まった水がボトルに残っていた。

そうか、これが欲しかったのか。考えてみれば、この炎天下の山の頂上にいて、水が飲めないことがこの子達にとって一番つらいはず。「はい」。

「コップンカ」と顔の前で両手合わせてワイされてしまった。天使のような可愛さだった。よかった、スタッフが注意してくれてなかったら、この場で地獄行きが確定したかもしれない場面。
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by phraganet | 2007-03-09 01:06 | カンボジア

アジアを歩けば何に当たる?タイやインドでの煩悩な日常と、気ままな旅のメモ


by プラがね: