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例によって朝からエスキシャハル(旧市街)を散歩。
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この小さなブハラの町に3日目ともなると、タキ・テルパク市場の店員からおはよう!と声が掛かるようになったが、今日はついにサマルカンドへの移動日。

すっかりお世話になったゲストハウスのオーナー夫婦にお暇して、ラビハウズの道端でランチを取っている3人組の男性を横目で見ながら通り過ぎようとしたら、どうだ一口!と声を掛けられた。
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まだ中央アジアを代表する米料理、プロフを食べたことがなかったので、遠慮なく頂く。

うーん、噂どおり、んまい!
パラパラしたご飯がビーフと野菜にぴったり。レーズンとピーナッツも入っていて、絶妙の旨みと食感を出している。

ありがとう!とお礼を言って立ち去る。

実はブハラ駅に着く前に、中央アジアを代表する麺、ラグメンをトライしたいと考えていたので、タクシーつかまえてラグメンニーと言った。

タクシーの運転手に「キタイか?」と訊かれた。ほお、これは初めて受ける質問。
ロシア語で中国をキタイ(契丹)と呼ぶ。香港の航空会社 Catahy もこの言葉。
「ヤポーニャだ」と答える。

ラグメンニーは店名ではないので、運転手はどこへ行ったらいいかわからず、ブハラ市内をぐるぐる回ったが、ともかくラグメンのおいしい店ということで、地元の人で満杯のレストランに連れて行ってもらった。
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ビーフと野菜の乗ったトマトスープのうどん。言葉が通じず、何だかわからないけど、お奨めの甘酸っぱいフルーツジュースと一緒に。

初日の経験もあり、駅には1時間以上前に着く。
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プラットフォームで売ってるサモサはビーフ入り。
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印度のサモサの中身はじゃが芋や玉ねぎだけど、中央アジアの肉入りサモサが印度に伝わってヴェジになったと聞いたことがある。
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左奥に見える高速鉄道アフラシアブでなく、また右のシャークで2等45000スム(640円ほど)。

乗り込んでみると、4人掛けコンパートメントで、向かいの2席は遥か先にあって無駄に広い。
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このテーブル、うちのダイニングより確実にデカいな。隣に乗客がいなかったので、2時間半ほど楽ちんの乗車。

サマルカンドはウズベキスタン第2の都市で、ブハラに比べると格段にデカい街。
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駅前にトラムが見えたので、乗れるかなと歩き出したら、熊のプーさんみたいな小柄な運転手にタクシーを勧められる。

ただ、こっちもブハラの滞在でウズベキスタンの金銭感覚に慣れていて、そう簡単には応じない。訊いてもないのに、東京、新宿、池袋と日本の3都市を回ったことがあると自慢げにしゃべってるのも信用できないと思ったが、行こうとしているゲストハウスは知っているようだし、1万と言ったら、1万5千と応じたので、ま、そんなに高くないかと折れてタクシーに乗り込んだ。

運転手は車の中でも、東京を訪れたのはちょうど桜の時期で、日本人はみんな公園で花見しながら呑んでいたと、そのときの話を続けた。本名と別に、ミーシャとロシア語ニックネームを名乗ったこの運転手に、結局サマルカンドで連日お世話になることになった。
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レギスタンスクエアすぐ近くのゲストハウス FURKAT に到着し、ミーシャとまた明日ねと言って別れる。
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中に入ると、そこはとても落ち着く中庭に設えてあって、庭に面した席に通され、まずはこちらでお茶でもと接待される。

緑茶を頂いて一息ついてから2階の部屋へ。
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おっさんひとりで泊まるには勿体ない、スザニのタペストリを飾ったかわいい部屋だった。
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ゲストハウスを出てすぐのところで、ノンを並べて売っているスタンドがあったが、そのピカピカの表面は素朴なブハラのノンと見た目が全く違う。
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ひとつ買ってみたら、ブハラのノンの倍の値段5千スム(っても72円)。受け取ったら、これまたずっしり倍ほど重い。製法が違うんだろな。

ノンをぶら下げたまま、レギスタンアンサンブルで夕暮れどきをのんびり過ごす。
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美しい!

晩メシはレギスタン向かいの店でコボブにドラフトビア。
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自分で持ち込んだマイブレッドを切って出してもらった。店にパン持込んだら普通は怒られるな笑。
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サマルカンド初日はこんな感じ。


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by phraganet | 2018-08-14 00:12 | ウズベキスタン

ブハラに到着

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日本への出張予定がキャンセルになって、4連休の週末に何するかって話で、初の中央アジア目指して、バンコク発ウズベキスタン航空を急遽予約した。

仕事を終えてから搭乗すると、タシュケントの空港に夜中2時に着く。
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今年から日本人の旅行にはビザ不要になり、入国書類もなくすんなり入国。きれいなターミナルを抜けると、外に客待ちのタクシーが並んでいるが、現地通貨スムをまだ持っていない。
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税関にどこで両替できるか訊いたら左に歩いて出発ターミナルへ行けと教えられた。言われた通り出発ターミナルで24時間営業の両替カウンターを見つけたが、2時から3時まで休憩中で閉まっている。

仕方なく、混雑した出発ロビーに空いた席を見つけて座ったら、隣のおばさんにウズベク語で何やら話し掛けられた。「分かりません」と答えるのだが、それを違いますと答えたとでも誤解したのか、また質問が続く。と、その隣の中学生ぐらいの娘が「ドイツに行くのですか?」と英語でフォローしてくれたので、「今着いたところです」と返した。娘に同じ質問したら、「フランクフルトにいる叔母一家を訪ねます」とのこと。

案内板を見ると、今ここに座っているのはサンクトペテルベルグか、フランクフルトか、イスタンブルへ行く人たちのようだ。

「これからブハラに行きたいが、どう行けばいいですか?」と尋ねたら、娘は向かいに座っていたお父さんと会話した後、「車でなく鉄道が便利です」と答えてくれた。またお母さんから質問受けて日本人だと答えると、「ヤポンなのね、私はウズベク」と言って笑っている。

この初めての会話で、ウズベク語で「ありがとう」が「グラフマート」であることを学んだ。

3時になり、両替カウンターに200USDを差し出すと、美人の係員から5000スム札の塊が返ってきた。街でクレジットカードを使えるところが少ないと聞いているので仕方ないが、しかしとてもポケットに入る量じゃないな。
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空港からタクシーつかまえて、近くにあるタシュケント駅に行ってもらった。
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誰もいない駅舎横のチケットカウンターは夜中にも関わらず開いていて、7:30の高速鉄道アフラシアブをお願いするも、これまた美人係員からNoと返答を受け、代わりに9:13発シャークのブハラ行きをゲット。ついでにブハラから明後日のサマルカンド行きも予約した。
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彼女が札束から代金5000スム札を30枚ほど抜きながら、最後に、シャークの出発駅はサウスステーションよ、と注意した。

え、タシュケント駅じゃないの?

どうもアフラシアブとシャークで、行先は同じでも出発駅が違うらしい。

ともかくこれで週末のウズベクでの予定が確定し、列車の出発時刻まで街中に出てみようと大通りを歩き始めた

気温は20度を切るぐらいの涼しさ。5時ぐらいに空も明るくなってきて、タシュケントの街の中心部、ナヴォイ・オペラ・バレエ劇場に着く。
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この劇場は大地震の際にも無傷で、北の壁面のプレートに「極東から強制移送された数百名の日本国民が建設に参加し、その完成に貢献した」と称えられている。
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一度Wifiに繋ぎたくて、劇場のすぐ前のオシャレなカフェに入るが、残念ながらWifiはなかった。
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これまた美人ウェイトレスにサウスステーションがどこにあるのか尋ねるが、サウスステーションという英語自体が通じないので、どうしようもない。別の男性店員も英語を話せなかったが、この前ジョージアで聞いたダーとかニエットとかロシア語を返される中、両手のひらを広げてジェーシェと言っているのが10のことで、南駅をユーズニーヴォグザルと呼ぶことが分かったので、車つかまえてそう言えば、あとは10分、1万スムで着くということらしい

そんなに遠くないな、よかった。
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カフェを出て公園を抜け、近くのメトロ駅に降りる。どこまで乗っても1200スム、17円。
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2つ先にミノールという駅があったので、古いメトロに乗って、ミノールモスクの見学に行った。
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誰もいないと思って勝手に入っていくと奥で女性が3人熱心にお祈りしているところだった。

陽が昇ってくると、さっきまでの涼しさがうそのように気温がぐんぐん上昇する。

駅には1時間前に着こうと、ミノールモスクの前で女性を下ろした車をつかまえ、ユーズニーヴォグザルと言ったら、1万スムで行かないと言われ、1万5千スムで妥協して助手席に座る。よく考えると140円か210円というぐらいの交渉で、ウズベクの物価は信じられないほど安い。

乗ってから思ったが、これはタクシーじゃなくて、普通のおじさんが自分の車を運転しているだけのようだ。途中で道端に立つ人に行先訊きながら、同じ方向に向かう人を募っている。ここではもともとシェアライドのシステムが普及しいるらしい。

女性のひとりが「ユーズニー」と言ったように聞こえ、おじさんが喜んで女性を後ろに乗せると、しばらく進んで駅に着いた。
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駅舎では無料Wifiが使え、通信速度は遅いながらもブハラの調べごとや宿の手配をしようとしたら、まだ出発50分も前なのに駅員に列車に乗るよう促されてホームに向かう。
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席は6人掛けコンパートメントだった。確かに定刻通りに出発。

途中でお兄さんが「サンドウィッチにチーズブルギャー」とトレイを持って売りに来たところを、向かいのおばさんが呼び止めて、ふたりの子供たちに朝ごはんを買い与えた。ここでお兄さんがジェーシェと言ったので、僕も1万スム渡してチーズバーガーをひとつもらった。さっきは「コフィかチャイ」と言って歩いていたので、お茶ももらおうと「チャイ」とお願いしたら、「コーラ?」と訊かれた。

なんでコーラなんだよ、チャイだよと返したら、さらに困った顔で「クーク?」と尋ねられた。

え?

ここで向かいのおばさんが「グリーン?」とフォローしてくれ、あ、チーズバーガーなだけにグリーンじゃなくてブラックティって言ったら、おばさんが今度はお兄さんに向かって「コーラ」と注文した。

そっか、

確かにカーラは黒だよ、サンスクリットで。

しばらくしてちゃんとブラックティが出てきた。
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会話の中で、このコンパートメントの人懐こい客たちがウズベク系であることを知る。「こんにちは」はムスリムらしくアラビア語で「アサラムアライコム」と言い合っている。一方、タシュケントで会ったちょっと冷たい両替やチケットカウンターの係員、カフェ店員の美男美女たちはロシア系だったんだ。

6時間近い列車の旅の末にブハラに到着。横に高速鉄道アフラシアブが悠々と止まっているのが恨めしく見えた。
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駅前でタクシーをつかまえ、ブハラ観光の中心ラビハウズに連れて行ってもらうと、そこはシルクロードのオアシスのような一画だった。
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池の周りの建物群と合わせて17世紀のトルコ系王朝によって造られたアンサンブル(コンプレクス)で、ハウズはペルシャ語で池を意味するらしい。確かに南デリーにもハウズカスという、大きな池を持つ宮殿跡があった。
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ラビハウズの周りに広がるエスキシャハルと呼ばれる旧市街にゲストハウスがたくさんあり、そんな中のひとつに飛び込んで2泊することに決めた。
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建物の外側からではわからないが、中はなかなかおしゃれにできてる。
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夕方、ラビハウズ近くのテキ・テルパク市場に散歩に出掛ける。
市場の入り口で煙草のばら売りなどをしているおばあさんに、「クシー、クシー」と、ひまわりの種やクルトという塩ヨーグルトの固まりの試食を勧められた。
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なるほど、ブハラの町並は実際に古い建物を改装したり、古い建物に似せたトーンで開発し、美観を損なわないようにしているんだな。
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イスラム神学校マドラサは、ウズベクではメドレセと呼ばれ、町のあちこちに大きな門が残っている。
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メドレセ近くにベーカリーの看板があり、中を覗くと少年がムスリムの丸いパンを焼いているところだった。
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ウズベク語でノンと呼ばれるこのパンには、この後毎日お世話になった。インドのナンと言葉の繋がりあるのかな?

道を歩いていると、おじさんに家内は料理が得意なのでとうちのレストランに来たらいいと誘われて行ったら、それはレストランというより、彼んちの居間だった笑。
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あ、さっきのノンだ。頼んだらビールも買ってきてくれた。もちろん食事代金は払った。

ついでに、今日一日聞いたウズベク語とロシア語を整理しようと思ったら、このおじさんはタジク語を話すタジク系だったので、残念ながら目的は果たせなかった。

そんなこんなでウズベキスタンでの一夜目を迎えた。
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by phraganet | 2018-07-31 01:41 | ウズベキスタン

メルボルンに到着

年末年始の休みはメルボルンに、かつてバンコクでテニス仲間だったサイモンを訪ねた。

久々のオーストラリアでETA取得をすっかり忘れていたが、バンコクから先にメルボルンに入ったカズさんからリマインドを受け、危うくセーフ。今回初めて搭乗したのはジェットスターなるオーストラリアのLCC。LCCに9時間は楽ではないが、幸い足元の広い席で眠れた。
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昼下がりの空港に着くとイミグレは大混雑。要領悪く、大勢の中国人やら印度人やらに混ざって1時間も並んでしまったが、日本人はさっさとスマートゲートに行けばよかったと後で知る、トホホ。

街へは次々に来る便利なスカイバスで。
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メルボルンでは、碁盤の目の通りをトラムが縦横無尽に走る。好きだなあ、トラムの走る街。
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季節は真夏で、一昨日までかなりの暑さだったらしいが、着いた日は涼しかった、というか、むしろ肌寒かった。メルボルンの気温は乱高下する。

因みにオーストラリアには、ごみの分別がないらしい。ええ、こんな先進国で!?
土地はいくらでも余っているので、あらゆるごみが一緒に埋められる。

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カズさんと合流して街で有名なステークハウスへ。
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同じ日に別便でバンコクから入ったアベさんが遅れたので、先にふたりでサラダとカラマリで始める。
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アベさん到着後、Tボーンとフィレを注文。ワインはメルボルン近郊ヤラヴァレーのカベルネソーベニオン。
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2本目はバロッサヴァレーのシラス。おいしいワインを堪能した後、オーストラリアの外食の支払いの高さをガツンと思い知らされるディナーになった。ま、よしとするか
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明日の朝はいよいよウルルへ。


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by phraganet | 2018-01-13 23:58 | オーストラリア
朝6時過ぎにお願いしていたミールパックがしっかり用意されていて、ハムとチーズのサンドイッチ、チョコレートケーキとジュースと桃の入った紙袋をレセプションでピックアップ。

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ホテルからザグレブ駅まで9番のトラムが直通だが、生憎途中の線路が工事中なのを昨日学習したので、雨上がりの道を駅まで歩く。

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6:55発フランクフルト行き2等の6人部屋コンパートメントに入った。
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発車間際になって観光客がどっと乗り込み、通路までぎっしりになって15分遅れの出発。
ザグレブを出てほどなくスロベニアに入ったようで、係員がふたりでやってきて、ひとりがクロアチア出国スタンプを、続けてもうひとりがスロベニア入国スタンプを押してパスポートを戻した。車窓からヨーロッパらしい田園風景を眺めながら、朝食にサンドイッチを頂く。

9:30スロベニアの首都リュブリャナに到着。
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大きなバックパックを背負った大勢の若者を列車が吐き出す中、今夜ザグレブに戻ろうとしている僕の小さなデイパックは少々場違いで、駅前で待っていた運転手に、あれ、荷物は?と驚かれた。

日帰りの旨を答え、ハイウェイを2時間北上し、湖を囲んだ美しい町ブレッドに到着。
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ここはオーストリア国境目前で、この間まで印度のあちこちを旅した身には、ヨーロッパの国が印度の州と比べてもあまりに小さく感じる。

2013年に秋篠宮殿下がここを訪れ、桜の記念植樹をしたのだと運転手が紹介した。

車を降りて、湖岸の絶壁の上で千年以上の歴史を誇るブレッド城に上る。
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さっき近くから見た、ブレッド島の教会が湖の奥に見下ろせる。
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ブレッド城から遊歩道を下って、聖マリア教会を見学。
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そのまま湖の東岸まで歩いて、左にブレッド城、右に聖マリア教会を撮影。
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リュブリャナの街に戻ったところで、車とお別れ。
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降り際に、道端のファストフードカウンターが目に入ってひとつ注文してみたら、トルコのブレクだと教えられた。油で揚げた薄い生地が何枚も重なっていて、チキン入りのもちもちクロワッサンといった感じ。

道を真っ直ぐ下ると、リュブリャナ旧市街の中心で、三本橋の掛かるプレシェーレン広場に出た。
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天気もよくて気持ちいい。
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丘の上にリュブリャナ城が見える。
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ケーブルカーで丘に上り、城の塔からリュブリャナの街を見下ろしてみた。
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人口28万人の可愛い街で、ドラゴンが街の守護神らしい。
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旧市街を散歩した後、歩いて駅に戻って、18:35の列車でザグレブへの帰路に着いた。


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by phraganet | 2017-09-03 23:18 | スロベニア
モロッコ以来3年振りのアフリカでのカウントダウン。
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以前よく使ったコンパクトな造りのドーハの空港は、今や巨大なターミナルに生まれ変わっていた。ここでバンコクから来たカズさんと合流して一緒にカイロに飛ぶ。

カイロに着いてまずはアライバルビザを取得しないといけないが、手続きは銀行の両替窓口で25米ドル払ってシールを買うだけ。あとは入国の長蛇の列に着き、係官がパスポートにシールを貼ってスタンプ押すと終了。
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タクシーで移動して市内中心タラートハーブのロータリーにあるカイロインにチェックイン。
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その後近くのフェルフェラ(鷹の爪の意味らしい)という小洒落たレストランに入り、ステラビアを飲みながら、胡麻を潰したタヒーナをピタパンに付けたり、揚げたてファラフェルや卵と挽肉の煮込みシャクシュカを頂く。
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うーん、中東料理はどれもんまい!

ロータリーに朝が来た!
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カイロインからギザへのフリーツアーが出ると聞き、急遽ピラミッド見学に向かうことに。ギザはナイル河を挟んだカイロの西隣。
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碌に前も見ずに運転しながら、自作の地図を説明する運転手は、途中で僕らをパピルス屋に連れ込んだ。店でまずパピルスの作り方実演。
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ここで売ってるパピルス画は何百ポンドもしたので結局1枚も買わず。

次に運転手はギザで駱駝に乗るようしつこく迫ったが、結局これも断って徒歩での見学を選んだ。(結果正解!)

ギザ到着。有名な三大ピラミッドとスフィンクス。
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古代エジプト古王国時代のもので建立は紀元前26世紀。雄大な歴史を感じながら、ゆっくり見て回って2時間ほどの散歩。
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パピルスも買わず駱駝にも乗らなかったので、運転手には何のキックバックも入らず文字通り無料送迎となってしまったが、最後に博物館まで送ってもらってチップを100ポンド渡したらうれしそうにしていた、よかった。
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博物館では見応えある展示品の数々。
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ランチはエジプト名物コシャリにトライ。ライスとパスタ混ぜに、レンズ豆、ひよこ豆、フライドオニオン、トマトソースが乗っかる。

午後はメトロに乗ってオールドカイロのコプト教地区を散策。
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そうか、エジプトでは1から7世紀頃までキリスト教が広く流布していたのか。

その後カイロ(ラムセス)駅に移動してアスワン行き夜行列車に乗り込む。
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ナイル河に沿ってひたすら南下。列車は遅れに遅れ、なんと17時間掛かってようやく到着。疲れた~。

アスワン駅は激しく工事中だった。
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アスワンの小さな町を迷い歩きながら、何とか翌日のアブシンベル行きと翌々日のルクソール行きの車の手配完了。
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チキンとモロヘイヤのスープで大晦日のディナー。
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元旦の翌朝は4時出でアブシンベルに向けて出発、スーダン国境まで10kmあまりというエジプト南端。カイロと違って寡黙ないい感じの運転手がすっ飛ばしてくれたお蔭で、まだ人の少ないうちに最初の目玉アブシンベル神殿に到着して初詣。
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入り口に並んだ巨像は4体とも古代エジプト新大国の建築王ラムセス2世。

外も迫力あるが、中の造りや壁の彫刻にもすっかり圧倒された。
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素晴らしい!
いやあ、こんなんとは知らんかった、エジプト舐めててごめんなさい!

隣は王妃の神殿。
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神殿内部の柱には女神ハトールのレリーフ。
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帰りは町の手前でボートを借り、ダムでできたナセル湖に浮かぶフィラエ神殿に寄る。
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ここは女神イシスを祀っている。
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アスワンハイダム建設時、ユネスコ国際キャンペーンのお蔭でアブシンベル神殿やフィラエ神殿の移築に成功し、大切な遺跡がダムに沈むのを免れたらしいが、昔はユネスコもいいことしてたんだなと感心する。

アスワンの町に戻ってから、渡し船に乗って対岸に見える貴族の墓へ向かう。
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船上のアフリカ系の人々は対岸の村に帰るヌビア人。丘の途中でヌビアの村を見下ろすとブルーシティの様相。
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貴族の墓をてっぺんまで登るとナイル河とその向こうにアスワンの町のいい眺め。ナイルってこんなに青く美しいんだ。
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そして翌日はいよいよ古代エジプト新王国の都テーベのあったルクソールを目指す。
(続く)


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by phraganet | 2017-01-11 02:23 | エジプト
7月のモンスーン期真っ只中にキナウル・スピティを巡った。

チベットからアルナーチャルブータンシッキムネパールそしてラダックとヒマラヤの麓をぐるり回った身には、ヒマーチャル・プラデーシュ州のキナウル渓谷とスピティ渓谷がミッシングリンクの秘境になっていたので、シムラから入ってロータンパスからマナリに出てくる反時計回りのコースを選んだ。

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友人と合流し、夜中のデリー駅でコルカタから大幅に遅れてやって来た寝台特急に乗り込み、翌朝終点カルカでトイトレインに乗り換えて、シムラまで標高差1420mを登る。
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キナウル・スピティの長い道のりを1週間で回るため今回はシムラの街に寄らず、サトレジ河沿いに車で一気にサラハンに向かう。サラハンの村ではちょうどリンゴの収穫期を迎えていて、村人たちが荷台のカゴにリンゴを満載していた。
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サラハンで宿泊した州政府系ホテルは名刹ビマカーリー寺院のすぐ向かい。天気が悪いこともあって標高2300mで肌寒さを感じた。この後スピティでは4000mを越えるのに、出だしから旅の先行きが不安になる。
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翌朝小雨の中を歩いてビマカーリー寺院に参拝する。初めての木造ヒンドゥ寺院。
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静かなとてもいい雰囲気。靴を脱いで中まで無料で参拝させてもらえる。
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キナウル周辺でよく見るテパングというフェルト帽。

朝食の後サングラに向けて出発したが、途中で大雨に遭い、轟轟とダムから斜面を流れ落ちてくる水量に圧倒される。
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後で知ったが、ちょうどこの時期ネパールやブータンでも豪雨による災害が起きていたころ。本当はこのままチベット国境近くのチットクル村まで行くはずだったが、雨で道路が閉鎖されたとのことで断念。サングラ近くのキャンプでテント泊。

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翌朝は明るい陽が差し、近くのカムルー村に行って、カマキヤデヴィフォートという要塞寺院に登った。
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麓の寺院でくつろぐおばあちゃん達に写真撮らせてもらったら、なぜだかお供え物のクッキーを持ってけと数枚渡された。おおきに!
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フォート頂上のヒンドゥ寺院。ええとこやなあ、ここも。

サングラを出て、サトレジ河対岸にあるレコンピオの町にちょうどお昼頃到着し、チベット国境すれすれのセンシティヴな地域であるキナウルとスピティの境を通り抜けるためのILP(入境許可証)をここで申請する。
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役所でパスポート渡して写真を撮られ、手続きに1時間ほど待てと言われたので、町に出て屋台でパコラをつまむ。
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無事にA4にプリントされたパーミットを受け取って、そのままカルパ(標高3000m)に進んでホテルKinner Villaにチェックインすると、部屋の窓いっぱいにキナウルカイラス(6050m)が見えた。なんでもカイラス山(チベット名ガンリンポチェ)に住むシヴァが冬の間だけここで過ごすと言う。

まだ陽が高かったので、夕方隣のロギ村まで4kmのトレッキング。
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擦れ違いざまに通じない会話を交わしたハンサムな牛追いのおじいさん。たぶんヒンディ語だったと思うけど、答えられなくてごめんなさい。
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ロギ村のヒンドゥ寺院、ここでは定番の木造り。


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翌朝キナウルカイラスから陽が昇ると同時に、今度はカルパ村の中心にシルエットが映えるナラヤンナギニ寺院目指して散策に出掛ける。
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カルパ村を通り抜ける。
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イカした郵便ポスト発見。
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逆光の中荘厳に見えた寺院は近くに行ってみるとまだ新しい建物だった、あらッ。
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この日はいよいよチベット文化圏のスピティに向かう。途中ジャンギのチェックポストでパーミットを見せて通過。
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しばらく行くと、道路右手に古い砦が見えた。
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プーの村を通り過ぎ、チベットから流れ来るサトレジ河に別れを告げ、替わってスピティ河沿いを上流に向かうと、道がだんだん悪路に変わる。
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チベット国境近くを北上するうち、道路はスピティ河を左下に見下ろしながら一旦東に外れ、標高3600mを超えるまで一気に高度を上げていく。
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ランチ休憩にナコに寄った。とても風光明媚な村だが、こんな高地になんで人が住んでいるんだか、不思議な気持ちになる。
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村のみやげ物屋を覗いたら、店のおばさんに杏の実を頂いた。めちゃうまい!

キナウルではずっとカレーを食べていたので、ここではトゥクパとモモを注文した。

食事の後、運転手からナコゴンパに行って待っているのでナコ湖に降りて村を散歩してきたらいいと勧められ、車と別れて村の中を歩いたら、こんな小さな村なのに狭い道が入り組んでいて迷子になる。あたた!
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あ、人がいた。すんません、ナコゴンパはどっちですか?
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千年の歴史があるというナコゴンパに無事辿り着いて車と合流。さらにタボを目指して長いドライヴを続ける。
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(続く)


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by phraganet | 2016-08-08 01:05 | インディア
10月末にディワリの連休というのが来た。ヒンドゥーの正月、光の祭典らしい。印度に移ってきたばかりの3月にちょうどホーリー、色の祭典というのがあって、まだ右も左もわからない僕は3日間ホテルの部屋に閉じこもった悪い思い出があり、今度はどこかに脱出せねばと、お茶の産地として有名なダージリンに行くことに決めた。10月あたままではまだ山がきれいに見えず、寒さが厳しくなる前の10月末から11月前半がちょうどダージリンのベストシーズンだとの話だった。

ネットでダージリン行きフライトと検索したらダージリンに空港はないらしく、同じ西ベンガル州バグドグラまでゴーエアのチケットが取れた。今年国内旅行にゴーエアを利用するのはカシミールラダックに次いで3度目。

印度に東ベンガルという州はなく、西ベンガル州の東はバングラデシュという国になっている。西ベンガルの州都はコルカタで、ダージリンというのはデリーにおけるシムラ同様、当時東印度会社の本社があったカルカッタのイギリス人保養地としてシッキム王国との交渉で建設された町で、その際チベット語ドルジ・リンが英語風のダージリンという名前に変わった。

飛行機の中で隣りが日本人女性で、行先尋ねたらダージリンとのことだったので、車のシェアを申し出てみる。空港からプリペイドタクシー350ルピーでシリグリという街に出て、そこから乗合ジープに乗り換えてダージリンに登って行くつもりだったが、彼女とその友人のふたりの日本人女性は金額を気にせず空港からタクシーで直接ダージリン行きを選んだ、1,850ルピー。これは正解だった。

乗合ジープではハードな道のりだっただろうと想像するのと、山の上では日暮れが早く、乗合ジープに乗ってたのでは宿が町のどこにあるかわからないまま暗い中を彷徨うところだった。タクシーのシェアはとても助かった。
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ヒルカートロードという英国植民地時代からの山道を2時間弱くねくね登ったタクシーは、ダージリン・ヒマラヤ鉄道のクルシャン駅に差し掛かった。

彼女たちに近くでとてもおいしいモモが食べられるらしいですよ、と勧められ、ツーリストロッジでモモとチャイを頂きながら休憩。
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車中の会話で、アールグレイという茶の木の種類があるかという話題になり、これは中国系の茶葉にレモンの香りを足したものとの結論に至る。そっか、実はお茶のことってよくわかってないんだと反省。

そこからさらに小一時間走ってダージリンの町に入り、予約したチョーラスタ広場下の古いホテルで僕の方が先に降ろしてもらった。彼女たちは町のてっぺんの由緒ある高級ホテル、ウィンダメアを予約しているとのこと、随分差つけられてるなあ…
3日後の帰りのタクシーも一緒しましょう、と約束してここで別れた。

日の暮れたダージリンの町をひととおり歩いてみる。南西から北東に細長い町が尾根に沿って張り付いた感じ。尾根に沿って縦に歩くのは楽だが、横に移動しようとすると急な坂道を上り下りしないといけない。

町でもホテルでもディワリでアルコール販売はできないと冷たく言われ、ホテルの部屋も寒いし、この日はさっさと就寝する。正月が酒なしかよ、ま、ヒンドゥーの祝日だから仕方ないか。

翌朝3時半に起きて、時計台の方に歩いてくと、聞いてたとおり来光を拝みに行くジープの呼込みに誘われた。タイガーヒルまでの往復200ルピー。陽が昇る1時間以上前に頂上に到着すると、もう車とインド人で大混雑。寒さに震えながら太陽が顔を出すのを待つ。
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朝陽に照らされた世界第3位にして印度最高峰カンチェンジュンガと、その下にダージリンの町が見える。

ジープは町へ戻る途中グーム駅を過ぎた辺りでカンチェンジュンガが最も近く見える丘にも寄った。
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そこはお花畑の中をダージリン・ヒマラヤ鉄道がループするところで、地元のおばさんたちが線路の上で朝市を開いていた。

町に戻り、チョーラスタ広場からその上のオブザベトリーヒルに登ると、何やらネパールっぽい門構えの寺院があった。
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マハカーラが本尊らしい
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奥に進むと、チベット仏教の法輪と鹿と雪豹、ヒンドゥーのラクシュミとガネシャとナンディが混在して見える何とも奇妙な祠があり、靴を脱いで中に入ると仏教とヒンドゥーのそれぞれの僧が向かい合って座っていた。
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どうしていいのかわからなかったが、ぽつんと立ち尽くしているのも変なので、チベット式に身体を地面に投げ出すかたちではなく、ブータン風に地面に頭を着けるスタイルで三度五体投地してみせると、仏教僧の方が、これは自分の担当だなという感じで、水を掛けて念仏を唱えてくれたが、その後でどこの国の人間かと不思議そうな顔で尋ねられた。フルに無国籍感醸し出してたかも。因みに英語の達者な仏教僧の方はとても日本人ぽい顔つきだった。

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寺院をさらに奥に下っていくと、ブティア・ブスティというゴンパがある。

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寺院を右に出てさらに細い道を歩いていくと、チベット難民センターに着いた。
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難民センターを通り抜け、門を左に折れて山道をひたすら歩くと、突然ロープウェー乗り場に出てびっくりした。
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ここからはシッキムの州境が見晴らせる。ロープウェーでティーエステイト(茶園)に行けるらしく乗ろうとしたのだが、ゴンドラが少なくて列がなかなか進まないので、チケットを払い戻して、代わりに近くで乗合ミニバス拾ってヒルカートロードを走り、ハッピーヴァレー茶園で降ろしてもらった。
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残念ながらディワリ休暇で工場見学はできず、茶園から町までとぼとぼ歩いて戻る。結構な勾配を上ったり下りたりでもうくたくた。それでも、明日はトイトレインに乗ってみようと駅に出掛けたが、夕方もう窓口は閉まって誰もいなかった。

翌朝、駅に出直してみるが、ハイシーズンの当日チケットは簡単に手に入らない。ジョイライドという隣のグーム駅までのスチームロコモティヴ往復、クルシャン行きディーゼルの二等車20ルピーはどうにもできないが、一等車140ルピーなら何とかすると言われ、かなり待たされた挙句にチケット入手。
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グーム駅まで一駅だけ乗ってグームのゴンパを見学し、帰りはジョレバンガローから尾根沿いに軍の基地の間をトレッキングして町に戻った。
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途中で見かけたこのゲーム、ダージリンの道端で何度も見たけど、大人にも子供にもこのサイコロ博打は大人気。
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というわけでこの日もよく歩き、老舗カフェ、グレナリーズでダージリン飲みながら疲れた身体を休ませる。
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一昨日の印度標準のディワリもドライデーだったが、この日はネパールのディワリとかでやはりアルコール禁止、散々である。

そんなこんなで最終日朝、ダージリンからバグドグラの空港へ戻る道すがら、ふたりの日本人女性がマカイバリ茶園にアポを取ってるとのことで便乗させてもらった。
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世界最高の茶葉を産出するというマカイバリの自然と共存するオーガニック栽培の仕組み、そもそものお茶葉の説明をガイドから受けながら2時間近く茶園を歩いて回った。

茶の種類というのはもともと葉っぱの小さい中国系と大きいアッサミ及びその交配種で、紅茶とか緑茶という茶の木の種類があるわけでなく、それは酸化発酵させるかさせないかの問題です。
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はあ、そういうことだったのか、目からうろこです。

これからお茶を入れるときは、まず茶器を温め、茶葉をじっくり蒸らして、大切にお茶を味わいましょうと心に誓った旅であった。

ところで、彼女たちの話によると、下界から切り離されたウィンダメアホテルの中では、行政指導に関係なく毎日ワインが楽しめたらしい。え!そうなの?



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by phraganet | 2014-12-26 03:03 | インディア
マドリードトレドと散歩した翌朝はいよいよ憧れのアンダルシアへ出発、夜明け前の8時アトーチャ駅発AVE(新幹線)で9時44分にコルドバ到着。
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renfe(国鉄)駅に隣接したバスステーションにロッカーがあると聞いて、ここで一旦背中の荷物を預けた後、駅前から出ている乗り降り自由の巡回観光バスに乗り込んだ。
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2階席に陣取って歴史のあるきれいな町並を鑑賞しながら走る。イヤホンで聞く音声ガイドは10か国語ほど選べて、日本語もあった。

川沿いのカテドラル、メスキータに到着。8世紀から240年掛けて建てられた巨大モスクを、後にキリスト教徒が聖堂に改装したもので、こういう異文化の混在がアンダルシアの醍醐味だと思う。
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やたらと広い祈りの間、赤い縞々は独特のデザイン。

イスラム様式が美しい。
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メスキータの塀の外には花の小道と呼ばれるみやげ物屋の並んだかわいい通りもある。
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10分ほど奥に歩いてアルカサルに入り、塔の上からメスキータの方角を見降ろす。
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この日コルドバには宿泊せず、バスステーションから午後のALSA Supraという乗り心地のいいバスでグラナダまで2時間半の移動。

コルドバからセヴィリャまでそのままAVEで楽に行けるのだが、知人と合流するためセヴィリャからバルセロナ行きの4日後のフライトを押さえていて、それまでにアンダルシアの他の町を見て周りたい。

移動中の車窓からアルカ・ラ・レアル城が見えた。グラナダまであと少し。
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グラナダのバスステーションは歴史地区から少し離れていた。地図で見るとrenfe駅の方が便利そう。タクシー使ってホテルにチェックインした後、早速グラナダのバル巡りに出掛ける。
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ここはアルハンブラ宮殿への坂道の入り口、ヌエヴァ公園向かいにあるLos Diamantes、2晩連続で通ってしまった。

アンダルシアでは一杯2ユーロほどのワインにエビや貝やポテトなどのタパが一皿無料で付いてくるんで安く楽しめる。
但し、自分の好みのタパを別に注文するとそこそこの値段取られるという不思議なギャップ。地元の客は自分で料理を注文するのではなく、店が出すものを受け入れて酒のつまみにしている。で、他のもの食べたくなったら別の店にはしごする。そんな風に見えた。


翌朝アンダルシアのハイライトのひとつアルハンブラ宮殿へ。
開門の8時半入場をネットで予約しておいたので、まだ暗いうちにイサベル・ラ・カトリカ公園に行くとC3バスが待っていて、これで宮殿入口へ。
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門に着くと、チケットを買い求める観光客が長蛇の列作っていたけど、予約があると言ったら列に横から入れてくれて、予約したときのクレジットカード見せてチケットを受取る。

中に入ると想像よりずっと広い敷地。宮殿の建物に入って壁や天井の彫刻やタイルを鑑賞し、庭園を歩いて回る。
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有名なライオンの中庭。ライオンのデザインちょっとしょぼいけど。
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アンダルシア各地の宮殿は中庭の水の流れを大切にしていると感じた。日本の庭園造りとコンセプト似ているかも。


午前中にアルハンブラ宮殿の散歩を終えて街に戻る。タクシーのドアの斜線はマドリードで赤だったけど、コルドバでは緑だ。
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お昼はイカ墨パエリアにした、白ワインと。
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バル巡りはヌエヴァ広場周辺と、大通り西側カテドラル周辺。
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楽しいしおいしいし安いし最高!
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お!通りでフラメンコ踊って見せてる。実演を生で見たのは初めて。

さてと、明日は地中海に面したコスタ・デル・ソル、マラガへ移動。


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by phraganet | 2014-12-21 22:15 | スペイン
マドリード到着の夜バル巡りを楽しんだ翌朝はアトーチャ駅から高速列車Avantでトレドへ。前日に7時50分アトーチャ発8時23分トレド着直通って列車を予約したら、10月初旬まだ夏時間のスペインでは夜明け前だった。

トレドの駅舎を出ると、目の前にタクシーが撮影スポットを15ユーロで周ってくれるというので試しに乗り込んでみると、運転手が若い美人でびっくり!オーラ!
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まずアルカンタラ橋からアルカサルを見上げる。
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そして、ミラドール展望台から正面に夜明けのカテドラルを見下ろす。
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実に美しい!

最後に駅とは反対側の橋から町に入って、中心のソコドベル広場で降ろしてもらい散策を始める。

ここのカテドラルはスペインにおけるカトリックの総本山だそうだ。
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人通りの多いところや、
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人通りの少ないところなどいろいろ石畳の上を迷い歩いてみた。
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やっぱ、歴史を感じさせる町はいいね。

町をほぼ歩き回った後、ソコドベル広場のバルでちょっと遅いランチに白ワインとパエリアを頂き、帰りは広場脇のバス停からバスで駅に戻った。
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この後AVAと国内線でアンダルシアからバルセロナ周ってまたマドリードに戻った。

今度はマドリード中心の北にあるチャマルティン駅からAvantに乗ってセゴビアへ、こっちの乗車時間は27分とトレドよりさらに近い。

セゴビアの野原の真ん中にぽつんと立つ駅舎を出ると市内へのバスが待っていたので急いで乗り込む。15分ほどで到着するのがここ、2千年前のローマ水道橋。
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セメントも使わずただ石を積み上げているだけとはとても信じられない!タイムスリップ感覚に眩暈を覚える。
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橋の袂の案内所にあるジオラマ。ちょうど水道橋が真ん中あたりに見える。
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町の地図もここで無料でもらえる。

またぶらぶらと石畳の上を散策。
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セゴビアのカテドラルも優雅で見応えある。
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さらに西に歩くとアルカサルに突き当たる。
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入場料5ユーロ(最後にひいこら狭い螺旋階段で塔を登るのは別に2ユーロ)

城の中の各部屋も立派で、特にそれぞれ特徴ある天井のデザインが目を引く。
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ここは白雪姫のお城のモデルと言われているらしい。
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歩き回った後また水道橋の広場に戻ってタパスと白ワイン。帰りもバスで駅に戻った。

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てなことで、マドリード近郊の町へはAvantにお世話になった。



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by phraganet | 2014-12-11 03:34 | スペイン
まだ真っ暗な中、メクネスのメディナを徒歩で出て、05:29の特急に乗り、カサ・ヴォヤジャーまで3時間15分、1等指定135Dh。ほとんどが単線だけど、ラバトとカサブランカの間は複線化工事中のようだった。
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カサブランカ到着後、まずは駅前のibisにチェックイン。

街の中心までちょっと距離があるけど、カサ・ヴォヤジャー駅向かいの公園にトラムの停留所があり、これが街の真ん中を縦断してくれているので便利至極!
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トラムの切符販売機に路線図が出てこないので、どうやって切符買ったらいいか最初戸惑ったけど、どこまで乗っても統一料金で、片道か、往復か、2往復かを訊いてくる。往復で13Dh。駅員に聞いたら5番目がカサブランカの街の中心、国連公園とのこと。電子音でチンチンと鳴らしながら走るトラムに揺られ、正月なのに春めいた穏やかな天気の中を散歩に出掛ける。

ランチはカフェでチキンケバヴ。
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翌朝また早起きしてカサ・ヴォヤジャー06:27発アル・ジャディーダ行きに乗る。2等35Dh。終点アル・ジャディーダの小さな駅に着くと、駅前に白いプチタクシーが屯していて、運転手のひとりにシティ・ポルトギューと言ったら、うん、と頷いたので後部座席に乗り込むと、助手席に別のおばさんが先客として座っていた。おばさんが途中の住宅地で10Dh払って降りたので、海岸道路に出てシティ・ポルトギュー城壁前でタクシーが止まったとき少し多めに30Dh払って降りた。
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カサブランカから西に90kmのビーチリゾート、アル・ジャディーダはモロッコの観光地としてメジャーとは言えないかもしれないけど、NHK世界遺産という番組で、16世紀から18世紀この地がポルトガル支配下にあった時代の要塞を紹介していたのを観て、折角なので寄ってみようと思った。

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門をくぐると、海岸までまっすぐに伸びる通り。まだあまり人気はない。
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交番?
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通りを行き止まりまで歩くと、ここから城壁の上に登れる。
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香ばしい匂いが周囲に漂っていて、壁の中を覗くと、おじさんが窯で定番の丸パンを次々焼き上げているところだった。
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通りに戻ってくると、閉まっていた通りの店が開き始めた。
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もうひとつ、さっき閉まっていた扉を入ると、階段が下に伸びていた。
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天窓から日が入る地下貯水槽
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要塞の中はゆっくり歩いてもすぐ回りつくしてしまうほどの大きさ。


昼にはカサブランカに戻って、またトラムに乗って今度はセントラルマルシェで降りてみた。市場でおばさんに呼び止められ、レモンを絞った生牡蠣を殻から口に流し込む。んまい!

市場の中庭には新鮮なシーフードの店が並んでいて、牡蠣やらソールやらカラマリを頂く。贅沢や!
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さてと、明日はいよいよモロッコを後にし、マドリードのソル広場で1泊してからバンコクまでの長距離フライト。


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by phraganet | 2014-06-09 00:47 | モロッコ

アジアを歩けば何に当たる?タイやインドでの煩悩な日常と、気ままな旅のメモ


by プラがね: