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メーホンソン県クンユアム村の慰霊碑参拝ツアーに参加した。

ミャンマー国境まで10kmほどのこの山間の村までチェンマイ空港から300km近くをバンで移動して1泊。70年以上前この小さな村にインパール作戦の道路建設準備のため日本軍が大挙して押し寄せた。
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翌朝まず最初に訪れたのは村外れにあるトーペー寺の慰霊碑。ビルマ式もしくはタイヤイ様式と呼ばれる伽藍。

まずは碑の周りの草むしりと掃除。焼香しながらみんなで般若心経を唱える。
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この寺は野戦病院として利用され、住職が4歳のとき本堂はビルマ戦線から敗走してきた傷病兵でいっぱいになったと語ってくれた。
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今度は村に戻ってムエイトー寺。
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この寺の境内には3つほど慰霊碑がある。
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同じように掃除、焼香、読経。
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この時期近くの山にブアトーンの花が咲き乱れるとのことで、ランチがてらドライブ。車を降りて丘の頂上まで花のトンネルを歩いてみた。
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こりゃ、すごいわ、見事な景色!
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途中の道路脇で売っていたほおずきが甘くておいしかった。
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ブアトーンが満開の時期にだけ、近くの高校で少数民族の生徒が実習を兼ねて模擬店を出しているというので寄ってみる。カプチーノを運んでくれたのはモン族の女性。
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ソムタムコーナーはカレン族のふたり。
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癒されるね。

午後村に戻り、ムエイトー寺の向かいに新しくリニューアルされたという泰日友好記念博物館へ。
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この地に駐留した日本軍と村人との交流について展示されている。
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水筒やら飯盒やら兵士が残した生々しい遺品の数々も。
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博物館前にも慰霊碑があるのでここでもお参り。
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祖国を遠く離れて、作戦も武器も食料もない絶望的な戦線に放り出され、命を失っていった無念さは如何ばかりかと思いを馳せる。


この日村にもう1泊して翌日またチェンマイ空港までの長い道のり。

途中、メーサリアンから少し山道を入った秘湯でひとっ風呂。
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気持ちのいい湯だった!


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by phraganet | 2017-12-06 01:00 | タイ

インダス文明と言えば、文字通りインダス河流域であるパキスタンのモヘンジョダロやハラッパー遺跡が世界的に有名だけど、インド国内に存在する同年代のインダス文明遺跡を見にまずはアーメダバードに飛んだ。
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アーメダバードから90km南下したところにあるロータル遺跡。紀元前2500から2000年ほど前のしっかり下水道の整った町や、ドックと呼ばれる船着き場跡が残っている。手前の小さい博物館には、当時の壺やナイフ、分銅といった道具、サイコロやフィギュアの玩具などが展示されていて興味深い。

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ロータルを後に車窓から塩田など眺めながらグジャラート州を横断するように、一昨年暮れのホワイトラン観光以来のブージまでドライヴ。

夕方ブージのショロフバザールを歩いてみたけど、目を引くような手工芸品は町中では見つけられなかった。

翌朝日の出と共にブージフォートを散歩。
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気持ちいい。
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町に戻って朝食に人気のダベリ。
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その後カッチ博物館を見学した。
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この日は、前回ホワイトラン観光で通り過ぎてしまったカッチの手工芸の村々に寄ってみたくて、まずは基礎知識習得のため、ブージから北へスムラサール村のカララクシャという手工芸保存普及組織のショールームを目指したが、生憎日曜日は閉館だった。残念。

さらに北へ真っ直ぐバンニの入り口で、ホワイトランへのチェックポストのあるビランディアラの村に向かう。バンニ一帯にはパキスタンやアフガニスタンから移り住んだムスリム職人の村が点在している。
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キノコが並んだような家の中で村の女性たちに布やアクセサリーのお土産を買うよう勧められる。
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ビランディアラを左折してさらにホワイトラン目前まで進んだムトワ族のドルド村。
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ソフィアという村の女性に、装飾がとてもかわいいうちの中でいろいろな布を見せてもらい、彼女自身の手縫いである綺麗な細かいミラーワークの刺繍布を2枚買った。
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この日ビランディアラ村で買ったアクセサリーとドルド村で買った刺繍布。
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途中でランチにグジャラティターリー。チャスというバターミルクがデフォルトで付いてくるけど、これは苦手。
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次にブージから東に少し行ったブロックプリントの村アジラクプルに入る。
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たくさん並んだワークショップのいくつかに勝手に入って間近で染色作業を見せてもらう。
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作業は細かいが、動作は速い。
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あのね、君ら楽しそうに踏んでるの、お父さんのお仕事でしょ。


翌日はいよいよ最終目的地、カッチ湿原に浮かぶカディール島にあるドーラヴィラのインダス文明遺跡を目指す。途中で女性を荷台に満載したトラックとすれ違ったり抜いたりした。
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またここでは頭の上に重い水瓶を載せて運ぶのも女性の仕事のようだ。ここの女性は何かと大変そう。
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正面にカディール島、一本道の両脇の湿原はモンスーン期が終わり、だんだん乾いて塩砂漠になるつつある。
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ドーラヴィラは島の奥の方にあった。
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4000年以上前の立派な城跡。これまで訪れた城跡の中で断トツの古さ。
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例によって緻密に水の流れが管理されていた町の跡。
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遥か昔の文明の高さに感心させられる。



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by phraganet | 2016-10-13 02:11 | インディア
アサム州東の外れにあるディブリガル空港に降り、隣のナガランド州最北端のモン県を目指した。

メモ:セヴンシスターズ(北東部7州)のうちナガランド、マニプル、ミゾラムはドライステート(禁酒州)で、ナガランド、ミゾラム、メーガラヤはキリスト教州。ナガには数多くの言語があり、ヒンディは使われず、公用語は英語。うちモン県はコニャックと呼ばれる人々の住む地域である。

アサム州内では車窓から茶畑を眺める時間が続いた。
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途中の小さな橋を渡ってナガに入ると、竹を編んだ壁と椰子の葉で屋根を葺いた農家が並ぶ景色に変わる。
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印度政府も辺境の整備に力を入れてないのか、主要道路もでこぼこだらけ。

山道に差し掛かってから陽が暮れてしまい、モンの町の明かりが見えたとき辺りはもう真っ暗だった。
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モンのゲストハウスに2泊。
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おお! 蚊帳付きベッドで快適そう、と思ったらこの後停電してしまい、暗闇の中眠りに着くまで不便な思いをする。

ゲストハウスのベランダから見た夜明けのモンの町。
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ここから目的地インド・ミャンマー国境の村ロンワまでさらに2時間のドライヴとのことで、トーストと目玉焼きとチャイの朝食をさっさと済ませ、ゲストハウスの駐車場でガイドと合流して出発。

若いガイドはアニャムという名で、コニャックではなく南隣のアオの出身という。でも、モン県内に114ある村のすべての言葉ができます、とまるでC3POのような自己紹介だった(笑

この辺りではまだ焼畑農業が盛んらしい。
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山道をくねくね登ってロンワの村に入る。

村の入り口にある椰子葺屋根の立派な家。
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玄関前に横たわっているのは太鼓で、かつてはこれを打ち鳴らして戦闘状態を村中に知らせたらしい。
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ロンワの村はミャンマー側にこぼれていて、そのまま進むと何の目印もなく国境を越えてしまう。

丘の上にモルンと呼ばれる建物があり、これが監視台、集会所、訓練所を兼ねた村の重要な施設であったらしい。
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柱の彫刻、手にした髑髏は人間の首を狩っていた名残が見える。
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人肉を食べていたのかと思って質問したら笑われて、食べないですよ、スカルはトロフィーみたいなものです、との説明だった。コレクションの対象ってことか。

谷に住むのは戦略上危険なので、村は必ず尾根の上に作られた。ナガは戦時中日本軍の占領を受けたこともあるが、日本軍も首狩族のことは怖れていたらしい。

ちょうど日曜の朝で、村人が次々とミサに集まってくる。
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讃美歌が漏れ聞こえてくる中でゆっくり村の散歩。

散髪、若い男性の髪型は韓流がお手本。
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マーケット
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フリーキック、ボールではなく紐でくくった布だけど
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教会の奥の丘で、アニャムが小屋の中に入るので着いて行くと、男たちがパイプで何やら煙を吸っているところだった。
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ミャンマー産のアレ?ちょっとやばいかも。
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ロンワからモンに戻り、アニャムの友人でペジンという女性を紹介された。彼女はモン郊外に茶園を持っているので、一緒に茶園見学に行きましょうと誘われ、またまた別の山道を1時間ほどドライヴ。

広大な敷地に立派な茶園。すげ~、何者、この女性?
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実は彼女は首狩族研究の有名な著者でもあり、iPadでコニャックの人々のことをいろいろ説明してくれた。 
http://tattooedheadhunters.com/ 

うわ~、驚き!
首狩族の村にも行けるかと聞いたら、連れて行くけど2,3日の短い日程で来ないでね、と釘を刺される。よっぽど険しい山道を入って行くんだろうか。

茶園の中のかわいいゲストハウスで、ダルとジャガイモのカレーでランチをご馳走になり、モンに戻った。

インド北東部、週末の滞在だけではとても計り知れない、まだまだ未知の世界が広がってそう。



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by phraganet | 2016-03-22 00:01 | インディア
インドにはホントいろんなすごい景色があるけど、ここもそのひとつ、メーガラヤ州ソラ(チェラプンジ)。
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地球上で最も雨の多いこの地域に住むカシ族は、木の根を編んで大雨に流されない橋を作り始めた。完成まで数十年から百年を要するらしい。

チェラプンジホリディリゾートに宿を取り、まず朝一番でダブルデッカーを目指す。
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道路で車を降り、3千5百段と言われる石段を30分ほど掛けてひたすら下って行くと谷の村に突き当たる。
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これを右折すると別の生きてる橋に着くが、ダブルデッカーへはここを左。

川に沿って歩き始めると最初にお目見えするワイヤー橋。
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次にもう少し長い2番目の橋を渡り、歩き続ける。
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おお!初めてお目に掛かる生きてる橋(Living Root Bridge)。
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少雨の1月なので川にほとんど水がないが、雨季にはここに近づけないほどの大量の雨に見舞われるらしい。
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さらに少し進むと、地元カシ族の女の子に呼び止められ、15ルピーの入域料取られた。
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はいはい、喜んで。

出た!これがダブルデッカーか。男の子たちが駆け抜けて行ったのは上段の橋。
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歩き始めてここまで1時間ちょっと。朝一番でほかに観光客も見当たらず、ゆっくり写真を撮りながら休憩。
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すごい、迫力!

道はこの先も続いていて、まだほかの橋や滝に行ける。
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引き返してさっきの谷の村を反対側へ進むと、2本の生きてる橋が並行して掛かっていた。
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奥にあるこっちは歩いて渡れるけど、もう一本の方で戻ろうとしたら、まだ若過ぎて(と言っても20年くらい経ってるんだろうけど)渡るのはかなりおっかない。ひえ~、止めとけばよかった!
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てなことで、ダブルデッカーへのトレッキングを終え、最後はひぃひぃ言いながら石段をひたすら車道まで登る。
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午後はソラ周辺のドライヴ、重い足を引きずりながら洞窟巡ったり、
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バングラデシュを眼下に眺めたり、
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いくつか大きな滝を見たりした。
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残念ながら乾季は滝の見頃ではないが、インド・バングラデシュ国境のこの壮大な断崖絶壁に雲がぶつかることで世界一の降水量が記録されるんやね。

タイ語でも雪をヒマ、雲をメークって呼んでるけど、雪のあるところがヒマラヤで、雲のあるところがメーガラヤだと実感。


翌朝宿を出て、すぐ近くのウムカーの生きてる橋に行く。
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ここも製作途中で実際に渡るのは危ない。

そしてソラから3時間のドライヴで山の東側、マウリンノンに回り、この地域にあるリワイの生きてる橋を見に行く。
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こちらは車道から15分ほどで着けるので観光客が多い。木の根が永い時間を掛けて複雑に入り組んだ美しい姿。
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石も敷き詰めてあってしっかりした造り。
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インドの観光地にはゴミが散らかったままのところも多いが、カシ族の人々は環境保護への意識が高く、厳しく管理されている。偉い!


このまま進むと道はバングラデシュに入るらしく、国境の町ダウキまでついでに走ってもらった。

国境の河でボートに乗れる。
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パラソルはバングラデシュ領内で、歩けばもうすぐそこやん!
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by phraganet | 2016-02-11 02:09 | インディア

象山トレッキング

インレー湖で思ったよりすんなりカクーインディンを訪れることができ、最終日の予定がなくなってしまったので、マーケット前にあるトラベルカウンターのお姉さんに、他に何か目ぼしいプログラムはないか尋ねたら、エレファントマウンテンにトレッキングは如何ですかと勧められた。朝8時に出て町への戻りが15時ごろ、僕ひとりのためにガイドが付いて、村でのランチ込み15,000チャットという申し出にすぐOKした。

エレファウントマウンテンはインレー湖の東にある山で、ニャウンシュの町から見るとちょうどここから朝陽が昇ってくる。カクーはこのエレファントマウンテンの向こう側にある。

翌朝トラベルカウンターに来てみると、昨日のお姉さんは見当たらず、代わりに麦わら帽子を被った若い男性が座って待っていた。彼はノノと名乗った。もともとミャンマー南部出身のモン族だが、内戦で両親が殺されてからおばあちゃんのいるニャウンシュエに引き取られ、ここで育ったとのこと。

ノノに着いて歩き始める。

ノノは結婚して子供もいるが、稼ぎの少ない彼に愛想を尽かした奥さんは子供を連れて実家に帰ってしまったらしい。山岳ガイドは冬の間しか稼ぎにならず、暑くなったら誰も山なんか歩きたがらないですからねえ。近くなんでカミさんの実家に寄ってみましょう、と言われて、え!とたじろいだが、そのときすでに奥さんの実家前に来ていた。
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奥さんはシャン族で、見た目若いタイ人女性風、まだ小さい男の子を抱いている。

彼女の世代はタイ語ができないけど、叔母さんはタイ語ができるので会話してみたらいいと言われて挨拶してみるが、名前は?とか、歳は?という簡単な会話さえ現代タイ語と語彙が違って成り立たない。叔母さんが最後にカーと付けるとこだけがタイ語らしく響く。ご飯食べましたか?という質問は聞き取れたので、食べましたと答えた。「キン(食う)」という単語は古くからあるタイ語なのだ。

ラオスは全体が同じタイ族の国で、それ以外にも中国、ベトナム、ミャンマー、インドにそれぞれタイ族と呼ばれる人々がいてタイ語を理解するが、現代タイ語で彼らとコミュニケーションを取るのは難しく、ランナー(北部)方言かイサーン(東北)方言の方が通じやすい。

というわけであまり立ち話も盛り上がらず、東の山に向かって町を出る。
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ノノが途中で門をくぐって入ったのは仏教系の養育施設。この辺りには子供の養育施設がいっぱいあるんですよ、とのこと。
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しばらく歩くと、モーターバイクが動かなくて困っている子供連れの女性たちにノノが助けを求められる。
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ノノはエンジンを覗き込んだ後、何とかエンジンを足で掛け、彼女らは無事にスタートできた。
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ポツリポツリと見える農家には電気が来ていないので、細々とソーラー発電している。
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少しずつ山道を登っていくと、だんだん車やバイクも見掛けなくなり、とうもろこしを担いで歩く村の人々とすれ違う。

重そ!
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もうとうもろこし刈り取りのシーズンもそろそろ終わりのようだ。
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トレッキングと言っても森の中を歩くことはなく、農村を通り抜けたり、あとはほとんど畑の中を歩くコース。

とある農家の軒先では、器械でとうもろこしの実を選別していた。なるほど、これは手っ取り早くて便利そう。
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途中の丘から振り返ると登ってきた高度が確認できた。
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昨日ロングテールボートで走った5kmの水路が正面に横たわり、インレー湖が左に、ニャウンシュエの町が右に見えた。その向こうはインレー湖西側の山。

3時間ほど掛かってパオ族の小さな村に入った。
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ノノは1軒の農家の入り口に立ち、こちらにどうぞ、と言っている。
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中に入ると、そこはとうもろこしの貯蔵庫と納屋になっていた。
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階段を上がると、囲炉裏の前に座ったお母さんが娘たちと切った野菜を鍋で茹で始めた。
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煮えるまで待てといった感じで、お茶を勧められて飲む。

外を歩いていると汗だくの暑さだが、竹を葺いた家の中はひんやり涼しい。

野菜は豆とにんじん、キャベツ、カリフラワー。煮立ったところでノノが麓から持ってきたインスタントラーメンを鍋に入れて卵を割った。
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出来上がった野菜ラーメンをアボカドとみかんと共に頂く。簡素な料理だが、山登り後の空腹にはとてもおいしく感じた。

一休みしてから登ってきたのとは違うルートで町に降り始めた。

女の子が袋にとうもろこしを入れて棒で叩いている。
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この農家にはさっきの選別器がなくて作業が大変だな。

かなり降りてきて、湖面が近づいてきた。
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ゆっくり歩いて、そんなに疲れるトレッキングではなかったが、折角なので、夜は町にあるビルママッサージを試してみた。
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これまたパオ族の若い女性にじっくり指圧された。よく効く、最高!

さて、明日は早起きしてフライト乗り継ぎながらデリーへ戻り。



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by phraganet | 2016-02-03 23:19 | ミャンマー
長年目的地リストに残ったままになっていたカクーをふらっと空港からの半日ドライヴで楽しんだ後、インレー湖畔のバッグパック基地ニャウンシュエに入った。ニャウンシュエは小さな町で、ファウンドーピャン通り西の船着場近くと、ヨンジー通りのマーケット東側のふたつのエリアにゲストハウスやカフェが固まっている。
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先にファウンドーピャン通りで車を降りて予約なしでアクエリアスインやゴールドスターを覗いたが、さすがに元旦とあってぴったりの部屋が見つからず、今度はマーケット東側までバッグ担いで移動し、通りに面したゲストハウスに決めた。

さてと、もうひとつの目的地インディンをやっつけねば。ゲストハウスで翌朝のインレー湖ボートツアーにインディンを付けて申し込んだ。

翌朝ゲストハウスでサービスされた朝食を済ませ、約束の8時にロビーに出ると、すでに若い男性が椅子に腰掛けて待機していた。宿のマネージャーから、彼が船頭だと紹介を受け、彼とふたりで船着場まで10分ほどヨンジー通りを真っ直ぐ西へ歩く。
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船着場に着くとたくさんのロングテールボートが繋がれていて、観光客を乗せて次々と船出していく。
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あ、そっか。初めて知ったが、ニャウンシュの町は湖に面しているわけでなく、最初の5kmほど船外機で波を蹴立てながら湖までの水路を進む。
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湖に出ると、脚で櫓を漕ぐ独特のスタイルの漁の風景が見える。
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船は湖を対岸まで進んだ後、まずイワマという市場と僧院が一緒になったエリアに寄った。
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船頭が歴史や由来を説明してくれるわけではないのでよくわからんが、折角なんで丸いちゃぶ台で勉強中の若い僧侶たちに挨拶して僧院のお手洗いを借りた。

そしていよいよインディンに向け、堰を乗り越えながら30分ほど川を上る。
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人気のない船着場で下ろされ、ひとりで村の中を進むと、ほどなく遺跡の中に入った。
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パオ族の家族が土産売りに出ている。
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ああ、塔を守るライオン、崩れてしまっているけど、かなりカッコよかったんだろな。

真ん中に土産物屋の並ぶ屋根付き参道が奥までずーっと長く伸びていて、その両脇のあちこちに数百年間に渡って建立の続いた塔が並んでいる。
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いやー、かなり広い敷地で見応えある。
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塔は奥の寺院近くほど新しく、周りの方が古いもののようだ。カンボジアでサンボールプレイクックを歩いたときを思い出す。修復されず、保存状態もよくないが、その分本物感が伝わってくる。でもここも純粋な遺跡というわけでなく、現役の寺院に繋がっている。

インディンを出て湖に戻って来た舟は、巨大なファウンドーウー寺院に寄った。
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本堂の中心、金箔を貼り重ねるうち団子のようになったという有難い本尊には男性しか近づけず、女性たちは一段低いところで膝まづいてお祈りしていた。
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その後、また舟で湖畔の村の中や畑にも入り、機織工場やチーク材工場を見て回る。
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最後はガーペー僧院に寄って、盛りだくさんのプログラムを終えた。
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いやー、充実のボートツアーだった!あっぱれ!



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by phraganet | 2016-01-27 03:20 | ミャンマー

カクー寺院をやっつける

久々のバガンで友人たちと合流してのんびり年末を過ごした後、元旦の朝インレー湖目指してひとりでニャウンウーからヘーホーに飛んだ。これまでインレー湖を訪れる機会はなかったが、実は初めてミャンマーに来て以来ずっと、このエリアにあるというカクーとインディンのふたつの寺院が気になっていた。

ヘーホーの小さい空港に次々とエアカンボーザ(KBZ)機が到着する。
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空港でニャウンシュエの町までタクシー25,000チャットと案内受けたが、短い滞在の間に両方の寺院を訪れてしまいたい僕は、大枚叩いてそのままカクーに向かってもらった。

南北に細長いインレー湖は東西を山に挟まれている。カクーは東の山の向こう側に位置しているので、湖より先にやっつけてしまおうという算段。

ヘーホーの町を出て、山道の高度を上げながらシャン州都のタウンジーに入る。「タウン」はビルマ語で「山」、「ジー」は「大」の意味らしい。

ペットボトルの水をニャウンウー空港で没収されたので、市場で水を買おうと運転手に停車するよう言ったら、運転手がカイ、カイと言う。もしかして水のことをビルマ語でカイと言うのかと思って市場でそう言ってみたけど全く通じず、結局指さしで買い物して車に戻ると、またカイ、カイと繰り返している。

運転手が言っていたのは「ガイド」のことで、外国人がカクーを見学するには、入域料(3 USD)を払い、ガイド(5 USD)を雇うことが義務付けられているそうだ。
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指差された建物に入ると、係官にパスポートをチェックされ、女性がレシートを書いた。で、なんだかその隣にもうひとり民族衣装の女性がいるなあと思っていたら、彼女からいきなり、私がパオ族のガイドで、タウンジー大学英文科ニャウンシュ19歳です、と挨拶された。
おお、こういうことか、びっくり!

では、出発します、タウンジーからカクーまで26マイです。因みにマイはマイルらしい、42キロってとこか。シャン州の名はシャムがなまったもので、タイ族の州だと思っていたが、パオ族も何十万人とここで農業を営んでいる。

乾いた大地に田圃はなく、道路脇にはいろいろな作物の畑が続く。ひまわりやカリーやブロッコリー・・・。 え、カリー? って何だろ? ああ、ガーリックね。
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一面に黄色い花を付けた作物の広がる畑もあったが、これはサシミの花です、と紹介された。どうも黒ゴマのことらしい。インドシナ各国の英語に慣れてるつもりだけど、ビルマ人の英語ちゅうのもなかなか聞き取りづらい。

車中でニャウンシュの放つ英語発音に苦労しているうち、車はカクー寺院の正面に到着した。
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おお!これか。
人っ子ひとりいない荒野に忽然と遺跡が現れるかと思ったら、想像に反してそれはきちんとした現役の寺院だった。

元旦とあって他にもビルマ人参拝客がや白人観光客がたくさん来ている。例によって門のところで裸足になり、先を行くニャウンシュに付いて中に入った。
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彼女の説明では、正面奥の大塔はもともとアショカ王に由来するもので、右の大塔は12世紀のバガン王アラウンズィトゥーによって建立され、その後の増築で全部で2,548本の塔が立ち並んでいるとのこと。
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境内には立派な菩提樹も。

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奥は近年シンガポール資本によって立派な寺院として整備されている。因みにカクーというのはこの地の開拓に貢献したブタのことだそうだ。

帰り際にニャウンシュに寺院脇の貯水槽に連れられ、水面に映るストゥーパがフォトジェニックですよ、と紹介された。なるほど、不思議な景観。
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寺院を出て、ちょっと遅いランチにふたりでシャンカオスエ頂く。
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途中で彼女の出身地だというパオ族の市場に寄った。
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ずっと行ってみたいと思っていたカクー寺院を歩けて満足!

ニャウンシュエで宿を予約しているわけではないので、日暮れ前には町に入りたく、車に帰路を急いでもらった。(続く)




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by phraganet | 2016-01-13 02:15 | ミャンマー
今年のディワリ休みはアルナーチャル・プラデーシュ州タワンを目指した。タワンはまるでジグソーパズルの出っ張りのように印度がブータンに着き出したエリア。

アルナーチャル・プラデーシュは「陽の出ずる国」の名のとおり亜大陸で最も東の州で、アッサムを押さえてセヴンシスターズ(北東部7州)で最大面積を誇り、西はブータン、北はチベット、東はミャンマーと国境を接して、地域ごとに民俗文化もバラエティに富んでいるが、今回僕が訪れるのはその西端の仏教圏。
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アルナーチャルに直接は飛べないので、デリーからまずアッサム州グワハティまで早朝便、順にネパール、シッキム、ブータンとヒマラヤの山々を左に眺めながらのフライト。

空港でガイドと落ち合う。ガイドのシダントはシッキム出身で今はアルナーチャル・プラデーシュの州都イタナガルで旅行会社をやっているらしい。シダントが、グワハティが初めてなら折角なのでカマキヤ寺院に寄ろうと案内してくれた。
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シヴァの最初の妻サティが父親ダクシャに認められぬ仲を悲観して火に身を投げ、その身体の一部が落ちてきたという聖地が印度各地にあるのだが、ここはそのほとが落ちてきた有難い場所である。外壁に立派な彫刻を持つ塔。

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ご本尊は左からパールバティとカーリー両方の姿で並んでいる。
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ユニークな外見の本堂。いやあ、ついでとは言えいいもん見れた。

グワハティを出て走り出すとアッサム州内は走りやすいハイウェイ。途中ドライバーがココナッツジュースで休憩。
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野には花が咲き、11月は暑くも寒くもない気持ちいい気候。
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途中のドライヴインでアッサミターリーを頂く。
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カレーと呼ぶにはあまりにマイルドでいかにも身体に優しそうな料理の数々。気に入った!

午後遅くなって北東部随一の大河ブラフマプトラ河を渡る。
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但し、この橋は軍事機密上GoogleMapに載っていない。

橋を渡って小一時間進むとアルナーチャル・プラデーシュ州に入るチェックポイントを過ぎ、バルクポンの村で1泊。zzz...


翌朝からのドライヴは山道に差し掛かった。このあたりもうすっかり仏教圏に入った様子で道沿いにモンパ族と呼ばれるチベット系民族が住む村々が次々に現れる。

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ランチに寄ったボムディラ村のゴンパでは折しも祭りの最中だった。
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感動!思い掛けずチャムの踊りを初めて生で観た。
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夕方オールドディランの村に到着。

ここはディランゾンと呼ばれ、おそらくブータンの各県にあるゾンのようにかつては地方政治と宗教の中心であったと思われる。僕の知る限り、印度で唯一のゾン。
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村人がドライコーンを突くと辺り一面に香ばしい匂いが広がる。
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この日はディラン泊、この辺りの特産キウィのリキュールをボトルで頂いた。
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最低気温は10度を切るくらい、かなり冷えてきた。zzz...


翌朝、日の出前に宿を出て近くのシャンティヴァレーの村に散歩に出掛ける。
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家から飛び出して来た男の子。朝ごはんのおかずでも取りに行くのか。
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谷の向こうからようやく陽が昇って来た。
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ディランから先、山道はさらに急なつづら折りになる。陸軍が崖から落っこちたトラックを救出中。
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この旅の最高点4,170mのセ・ラ(峠)を越える。空気薄いし、さぶ~!
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途中多くの印度軍兵士が参拝するジャスワンガー戦争記念館に立ち寄った。
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1962年の中印紛争の際、圧倒的に優勢だった中国軍の侵攻をライフルで孤軍奮闘食い止めた軍人ジャスワン・シンの記念碑。

アルナーチャル北の国境はマクマホンラインと呼ばれるかつての英領印度とチベット政府の合意を受けたもので、中国はこれを認めずにアルナーチャルほぼ全域の領有権を主張していて、現在も緊張が続く。

ヤクの群れを避けながら目的地タワンを目指す。
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(続く)



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by phraganet | 2015-12-06 21:48 | インディア
で、翌朝8時、ゲストハウスの斜め向かいにあるペトラ遺跡のチケット売り場で1日入場券買ったら50ディナール、って。1ディナールは1ユーロに等しいので、うわ、入場料めちゃ高やん!

ここでガイドのおっさんお願いして、一緒に遺跡へ向かう砂利道の下り坂を歩き始めた。肌寒い!

しかし、昨日の運転手といい、今日のガイドといい、ジョルダーニは英語がうまい。ガイド曰く、3月ではまだ寒いし、6月では暑すぎて、4月中旬から5月あたまが絶好のシーズンなのに、中東各国の民主化運動が不安視されたみたいで、今年この時期の観光客は普段の年の3割ほどしかいない、とのこと。砂利道の左右に岩を削った遺跡が現れ始める。


砂利道が終わると、いよいよシークに入る。
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何千年もの間に水と風によって削られた、遺跡に向かう細い自然の回廊。足元には2千年前に敷かれた石畳。
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シーク両側の絶壁の高さは80mもあるとのこと。
岩肌にはペトラの古代都市に水を運んだ水道の跡が残ってるけど、そこに何やら彫刻らしきもの発見。
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かつてはラクダを2頭連れた商人の像だったらしい。おもしろい!こんなオブジェ作ってここを行き来する隊商を迎えたんやね、ふーん、上半身が失われているのはとても残念。

1.2km続くシークの最後の切れ目に、見えてきた。
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アル・ハズネ(宝物殿)。おお、これこれ、今回の旅の目玉!赤い岩肌が朝陽に映えている。期待を裏切らない立派な姿にしばし見とれる。
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ところで、僕はここに来るまでぺトラの作りがよくわかってなかったけど、チケット売り場でもらった案内リーフレット見たら、シーク抜けて来るとアル・ハズネが古代都市の入り口で、ここから先に遺跡群が広がっているのだった。先に進むと、ストリート・オヴ・ファサードと呼ばれる視界の開けた場所に出る。

ローマ遺跡みたいだけどナバティア人の造型、円形劇場。
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王家の墓。
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古代都市の中心寺院。
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すごいなあ、と感じたのは、これだけの作りの都市が山々に囲まれて、周囲から全く見えない完全な隠れ里になってること。


古代都市の中心を見終わって奥まで辿り着くと、今度はここから半時間ほどのトレッキング。
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坂の途中、道の脇でみやげ物を売るベドウィンの家族。ペドラが世界遺産に登録されるっていうんで、遺跡に住み着いていた彼らは近くの丘の上に移住させられた代わりに、遺跡でみやげもの屋や馬車の商売をする権利が与えられた。

結構きつい階段が続くけど、あともう少し。
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着いた!山の上の遺跡、アド・ディル(修道院)。
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アル・ハズネが岩肌にすっぽり包まれた繊細な造りをしているのに対し、アド・ディルは山の頂上から飛び出したような大胆な迫力がある。


ふもとに降りて昼食を摂った後、ストリート・オヴ・ファサードまで戻って、今度は午後のトレッキングに出発。ベドウィンの子供たちに、つらい登りになるからロバに乗れとしつこく薦められるが、笑いながら断って自分の足で登ることに。
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本日2度目の山登りはちょっと足に来たけど、なんとか頂上にたどり着く。
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ここはハイプレイス・オヴ・サクリファイスと呼ばれていて、聖水を使った儀式の場であったらしい。ちょっとシギリア思い出すな、この感じ。ここからはストリート・オヴ・ファサードや中心寺院がはるか下に一望できて、なかなかすごい眺めだった。

実はこの先もまだトレッキングルートは続くのだけれど、初めてのヨルダンでぺトラに1日しか取っていない身には、ここまで。

果たして、次また、来れるかね?
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by phraganet | 2011-06-24 02:09 | ヨルダン

チベットの城跡

ブータンの旅では、それぞれの町のゾンを見るのが楽しみだった。ゾンは、チベット世界の政治と宗教の中心。どっしりと町を見下ろす構えはちょうど日本の城のよう。
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チベット自治区のゾンの存在は知らなかったが、行ってみると、町を見下ろす山の上にゾンの跡が残っていた。ガンデン・ゴンパのあるタクツェのゾン跡。
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ヤムドク湖畔を走り抜けて到着したナンカルツェのゾン跡。
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どちらも14世紀に建造された由緒ある建物そうだが、文化大革命により中国人民解放軍に徹底的に破壊された。


歴史的に周辺との争いの耐えなかったチベットでは、交易路を守るため、あちらこちらに砦の跡が残る。
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これは標高5,000mに迫るカロ・ラ(峠)からの風景。ダム建設のためにできた人口湖に、かつての砦のあたまだけが見えている。
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カロ・ラを過ぎるとギャンツェの町に入るが、山の上にそびえるギャンツェ・ゾンの威容には圧倒された。さしずめ要塞都市ってとこか。
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正面はこんな感じ。
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廃墟にしとくのは、ちょっと勿体ないね。

(それにつけても、ブータンが中国にならなくて、よかった(笑))
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by phraganet | 2010-04-27 01:27 | チベット

アジアを歩けば何に当たる?タイやインドでの煩悩な日常と、気ままな旅のメモ


by プラがね: