タグ:湖沼・湿原 ( 12 ) タグの人気記事

1月下旬の週末、エアアジアでドンムアンからウドンタニに飛んだ。

道中、ウドンタニにどういう意味があるかという話題になり、町を意味するターニーはタイのあちこちの地名に見られるけど、ウドンの方は北という意味があるという話が出て、あ、そうか、ウタラか。印度でアグラやヴァラナシのある州がウッタラプラデーシュで北の国なんで、それと同じ言葉、つまり北の町なんだ、なるほど。タイ語の語源は綴りを見るとわかりやすい。

ウドン到着後、ミニバスに揺られてノーンカイのラオス国境へ、
f0136038_00371140.jpg
タイ出国後、京都市営バスに乗り込み、吊革に捕まってメコン河を渡る。ついつい「次降ります」ボタンを押してしまう笑。
f0136038_00371132.jpg
ラオス入国後、またミニバスに乗り換えて、ビエンチャンの町の中心に入った。
f0136038_00371901.jpg
まずは旧フランス領内お約束、中はしっとり外はパリパリのバケットサンドイッチでランチ。ラオス名物のど越しすっきりビアラオゴールドと一緒に。
f0136038_00371971.jpg
気持ちのいい乾季、折角5年半振りに訪れたビエンチャンなんで、どうせなら定番の市内観光も。

ああ、パトゥーサイ天井のヒンドゥーの神々はこんなに美しかったか。
f0136038_00371980.jpg
タートルアン、塗り替えたと見えてまばゆいばかりの輝き。
f0136038_00371881.jpg
この後、これまた久々の薬草サウナをゆっくり楽しむ。いいなあ、ビエンチャン、いつ来ても、こののんびり感が。

夕方タイ側に戻って、ノーンカイのメコン河沿いでベトナム料理のゴイクォンやらチャオトムでライスペーパー手巻きパーティ笑。んまい!
f0136038_00371820.jpg
その夜はウドンに戻って宿泊。zzz 

翌朝、またミニバスに乗って、この時期赤い蓮の咲き乱れることで有名なクムパワピの湖へ。
f0136038_00371801.jpg
ボートは大勢の観光客を乗せて次々に出発。思ったよりデカい湖で、波を蹴立ててどんどん進んで行く。

と、おお、見渡す限りの赤い蓮の海に入った。絶景!
f0136038_00371811.jpg
帰りは、紀元前3千から2千年前のものと言われる近くのバーンチエン遺跡に寄った。国立博物館があり、近くの寺の境内には兵馬俑式に発掘現場のジオラマが展示されている。
f0136038_00371830.jpg
一応ユネスコ世界遺産なんでね。

ここんとこ、仕事に追われてばかりだけど、気持ちいい土日の息抜きになった。


[PR]
by phraganet | 2018-02-15 00:36 | ラオス
ザグレブ最後の朝、早起きしてドラツ市場をもう一度覗いた。
f0136038_01490695.jpg
ザグレブから南へ向けて出発し、途中で清流が中を流れる美しい村ラストケに寄る。
f0136038_01490611.jpg
さらに進んで、エメラルドグリーンに輝く16の湖と92の滝を抱くプリトヴィツェ湖群国立公園を5時間掛けて歩いた。
f0136038_01490630.jpg
f0136038_01490602.jpg
f0136038_01485332.jpg
いい散策だったが、敷地が広大なのと観光客が多過ぎて、思い通り回り切れず時間切れ断念。

今日の宿泊地スプリト目指してまた南下を続けると、山火事による通行止めでこのままハイウェイを進めないと運転手が言い出した。夏の間全く雨の降らないこの地方では毎年山火事が頻発するらしく、確かに遠くに煙が上がるのが見える。

一般道を回り、すっかり陽が暮れてからスプリトに到着。

疲れたけど、お腹も空いていたので、せめて夕飯はどこで食べられるか尋ねたら、宮殿は24時間眠らないので出掛けてくるといい。宮殿の地下を抜けて海に出たら、右に折れて真っ直ぐ進むと一番人気のレストランがあると教えられた。

ホテルから一本道を下ると、立派な城壁が見えてきて、宮殿の北門に着く。
f0136038_01485354.jpg
3世紀末にローマ皇帝ディオクレティアヌスがここに宮殿を建て、帝国が衰えた後、人々が城壁に囲まれた宮殿の中に街を作って住み始めたのがスプリトの始まりだそうだ。
f0136038_01485439.jpg
うわ、確かに、こんなすごい遺跡の中にお店や住居がぎっしり。
f0136038_01485471.jpg
f0136038_01485460.jpg
宮殿を抜けて港に沿って進むと、教えられたとおりにそのレストランが現れ、白ワインと共に絶品!魚のスープやらフリッターやらイカ墨リゾットを頂いた。
f0136038_01484297.jpg
大満足!しかも安い!


翌朝もバスの時刻まで宮殿とその周りを歩いた。
f0136038_01484252.jpg
あ、この辺りの模型だ。
f0136038_01484110.jpg
今度は昨夜のレストラン脇の小道を上がり、展望台から街を見下ろした。
f0136038_01484138.jpg
いい空気、きれいな街。アドリア海を渡ってきたと思われる大型客船が港に停泊している。

港の反対側にあるバスターミナルに移り、クロアチアのほぼ南端ドブロヴニク行き長距離路線バスに乗り込む。
f0136038_01484135.jpg
アドリア海を右に眺めながら、途中でボスニア・ヘルツェゴビナを横切って、この旅の最終目的地ドブロヴニクを目指す。


[PR]
by phraganet | 2017-09-06 01:59 | クロアチア
朝6時過ぎにお願いしていたミールパックがしっかり用意されていて、ハムとチーズのサンドイッチ、チョコレートケーキとジュースと桃の入った紙袋をレセプションでピックアップ。

f0136038_23112936.jpg
ホテルからザグレブ駅まで9番のトラムが直通だが、生憎途中の線路が工事中なのを昨日学習したので、雨上がりの道を駅まで歩く。

f0136038_23112989.jpg
6:55発フランクフルト行き2等の6人部屋コンパートメントに入った。
f0136038_23113026.jpg
発車間際になって観光客がどっと乗り込み、通路までぎっしりになって15分遅れの出発。
ザグレブを出てほどなくスロベニアに入ったようで、係員がふたりでやってきて、ひとりがクロアチア出国スタンプを、続けてもうひとりがスロベニア入国スタンプを押してパスポートを戻した。車窓からヨーロッパらしい田園風景を眺めながら、朝食にサンドイッチを頂く。

9:30スロベニアの首都リュブリャナに到着。
f0136038_23113095.jpg
大きなバックパックを背負った大勢の若者を列車が吐き出す中、今夜ザグレブに戻ろうとしている僕の小さなデイパックは少々場違いで、駅前で待っていた運転手に、あれ、荷物は?と驚かれた。

日帰りの旨を答え、ハイウェイを2時間北上し、湖を囲んだ美しい町ブレッドに到着。
f0136038_23113042.jpg
ここはオーストリア国境目前で、この間まで印度のあちこちを旅した身には、ヨーロッパの国が印度の州と比べてもあまりに小さく感じる。

2013年に秋篠宮殿下がここを訪れ、桜の記念植樹をしたのだと運転手が紹介した。

車を降りて、湖岸の絶壁の上で千年以上の歴史を誇るブレッド城に上る。
f0136038_23113025.jpg
さっき近くから見た、ブレッド島の教会が湖の奥に見下ろせる。
f0136038_23112960.jpg
ブレッド城から遊歩道を下って、聖マリア教会を見学。
f0136038_23112227.jpg
そのまま湖の東岸まで歩いて、左にブレッド城、右に聖マリア教会を撮影。
f0136038_21291088.jpg

リュブリャナの街に戻ったところで、車とお別れ。
f0136038_23112317.jpg
降り際に、道端のファストフードカウンターが目に入ってひとつ注文してみたら、トルコのブレクだと教えられた。油で揚げた薄い生地が何枚も重なっていて、チキン入りのもちもちクロワッサンといった感じ。

道を真っ直ぐ下ると、リュブリャナ旧市街の中心で、三本橋の掛かるプレシェーレン広場に出た。
f0136038_23112329.jpg
天気もよくて気持ちいい。
f0136038_23112380.jpg
丘の上にリュブリャナ城が見える。
f0136038_23112462.jpg
ケーブルカーで丘に上り、城の塔からリュブリャナの街を見下ろしてみた。
f0136038_23112027.jpg
人口28万人の可愛い街で、ドラゴンが街の守護神らしい。
f0136038_23112252.jpg
旧市街を散歩した後、歩いて駅に戻って、18:35の列車でザグレブへの帰路に着いた。


[PR]
by phraganet | 2017-09-03 23:18 | スロベニア

マウントクックに挨拶 sanpo

ミルフォードトラック踏破の余韻も冷めやらぬ翌朝、折角なんでニュージーランド最高峰マウントクックを拝みにクイーンズタウンから国道80号線をバスでクライストチャーチに向かう。

おお、見えてきた名峰の頂き!
f0136038_01321741.jpg
エベレスト初登頂を果たしたエドモンド・ヒラリー卿の銅像が立つハーミテージホテルに寄ってもらって、ここでランチ。
f0136038_01321780.jpg
f0136038_01321790.jpg
その後真っ青なテカポ湖畔に建つ、善き羊飼いの教会でも写真撮影休憩。
f0136038_01321826.jpg
f0136038_01321820.jpg

日暮れにクライストチャーチに到着。
f0136038_23301190.jpg
なんだか人通りのほとんどない整然とした街。2011年に発生した大地震の傷跡がまだそこここに見られた。

ニュージーランド最後の晩餐を街中のイタリアンで。翌日は朝早い出発でブリスベンとシンガポール経由でデリーへの長い帰路。
f0136038_01321819.jpg
ニュージーランド南島、ホンマええとこやった。


[PR]
by phraganet | 2017-02-09 01:30 | ニュージーランド

クイーンズタウンに到着

デリーからシンガポール経由、シドニー経由と一日中飛行機に乗ってやっと到着したのはクイーンズタウン、僕にとって初めてのニュージーランド。しかし、遠い!

自然にあふれて食事もワインもおいしく、湖を囲んだ山間のとても素敵な町。
f0136038_23444000.jpg
町中のステーションと呼ばれるスペースで明日からのミルフォードトラックのブリーフィングを受ける、わくわく。

宿泊はワカティプ湖に面して町の中心からも便利なクラウンプラザ。
f0136038_23444024.jpg
生憎小雨に降られたけど、まずは世界で最も美しい散歩道と言われるトレッキングコースへの出発前夜に乾杯!
f0136038_21265813.jpg
f0136038_23444077.jpg


[PR]
by phraganet | 2017-02-06 23:42 | ニュージーランド
長年目的地リストに残ったままになっていたカクーをふらっと空港からの半日ドライヴで楽しんだ後、インレー湖畔のバッグパック基地ニャウンシュエに入った。ニャウンシュエは小さな町で、ファウンドーピャン通り西の船着場近くと、ヨンジー通りのマーケット東側のふたつのエリアにゲストハウスやカフェが固まっている。
f0136038_03005254.jpg
先にファウンドーピャン通りで車を降りて予約なしでアクエリアスインやゴールドスターを覗いたが、さすがに元旦とあってぴったりの部屋が見つからず、今度はマーケット東側までバッグ担いで移動し、通りに面したゲストハウスに決めた。

さてと、もうひとつの目的地インディンをやっつけねば。ゲストハウスで翌朝のインレー湖ボートツアーにインディンを付けて申し込んだ。

翌朝ゲストハウスでサービスされた朝食を済ませ、約束の8時にロビーに出ると、すでに若い男性が椅子に腰掛けて待機していた。宿のマネージャーから、彼が船頭だと紹介を受け、彼とふたりで船着場まで10分ほどヨンジー通りを真っ直ぐ西へ歩く。
f0136038_03005245.jpg
船着場に着くとたくさんのロングテールボートが繋がれていて、観光客を乗せて次々と船出していく。
f0136038_03005139.jpg
あ、そっか。初めて知ったが、ニャウンシュの町は湖に面しているわけでなく、最初の5kmほど船外機で波を蹴立てながら湖までの水路を進む。
f0136038_03005109.jpg
湖に出ると、脚で櫓を漕ぐ独特のスタイルの漁の風景が見える。
f0136038_03005172.jpg
船は湖を対岸まで進んだ後、まずイワマという市場と僧院が一緒になったエリアに寄った。
f0136038_03005137.jpg
f0136038_03005138.jpg
船頭が歴史や由来を説明してくれるわけではないのでよくわからんが、折角なんで丸いちゃぶ台で勉強中の若い僧侶たちに挨拶して僧院のお手洗いを借りた。

そしていよいよインディンに向け、堰を乗り越えながら30分ほど川を上る。
f0136038_03005194.jpg
人気のない船着場で下ろされ、ひとりで村の中を進むと、ほどなく遺跡の中に入った。
f0136038_03005158.jpg
パオ族の家族が土産売りに出ている。
f0136038_03011873.jpg
ああ、塔を守るライオン、崩れてしまっているけど、かなりカッコよかったんだろな。

真ん中に土産物屋の並ぶ屋根付き参道が奥までずーっと長く伸びていて、その両脇のあちこちに数百年間に渡って建立の続いた塔が並んでいる。
f0136038_03005146.jpg
f0136038_03011899.jpg
f0136038_03011845.jpg
いやー、かなり広い敷地で見応えある。
f0136038_03011833.jpg
塔は奥の寺院近くほど新しく、周りの方が古いもののようだ。カンボジアでサンボールプレイクックを歩いたときを思い出す。修復されず、保存状態もよくないが、その分本物感が伝わってくる。でもここも純粋な遺跡というわけでなく、現役の寺院に繋がっている。

インディンを出て湖に戻って来た舟は、巨大なファウンドーウー寺院に寄った。
f0136038_03011887.jpg
本堂の中心、金箔を貼り重ねるうち団子のようになったという有難い本尊には男性しか近づけず、女性たちは一段低いところで膝まづいてお祈りしていた。
f0136038_03011832.jpg
その後、また舟で湖畔の村の中や畑にも入り、機織工場やチーク材工場を見て回る。
f0136038_03011860.jpg
f0136038_03011870.jpg
f0136038_03134707.jpg
最後はガーペー僧院に寄って、盛りだくさんのプログラムを終えた。
f0136038_03011823.jpg
いやー、充実のボートツアーだった!あっぱれ!



[PR]
by phraganet | 2016-01-27 03:20 | ミャンマー
ミャンマーと国境を接するマニプル州都インパールへ、戦没者慰霊碑の参拝に出掛けた。

印度に住んで1年半、あちこち旅したけど、バングラデシュより向こう側にある北東部に足を踏み入れたのはこれが初めて。印度国内でエアアジアに乗ったのも初体験。デリー発グワハティ経由インパール行き。
f0136038_00184617.jpg
空港からインパールの町に入ると、人も街の雰囲気もまるでマンダレーのようだ。かつてここは王国の都だったらしいが、この王国はむしろビルマに近い体制だったんだろうな。
f0136038_00184667.jpg
宿からオートに乗って町の中心にある市場に出てみた。
f0136038_00184794.jpg
イママーケットというこの市場では女性にしか商売が許されていないらしい。
f0136038_00184725.jpg
f0136038_00184778.jpg
市場の帰りにカングラフォートと呼ばれる王宮跡の中をゆっくり散歩してから宿に戻った。
f0136038_00184693.jpg

翌朝は慰霊碑に行くため車を借りる。車はまずロクタク湖畔にあるモイランという町に向けて走った。
f0136038_00185804.jpg
ここで風光明媚な湖を観光したり、インド独立を目指して日本軍と行動を共にしたネタジ・スバス・チャンドラ・ボーズの記録を残したINA博物館を見て回った。

あ、菱の実売ってる。
f0136038_00185827.jpg
帰り道にいよいよ日本軍兵士の血で赤く染まったというレッドヒルの麓にある慰霊碑に寄った。
f0136038_00185864.jpg
f0136038_00185809.jpg
悲惨な戦争の中でも特に愚かな作戦で多くの犠牲者を出した記憶に対して手を合わせた。



[PR]
by phraganet | 2015-11-30 00:24 | インディア

カッチのホワイトラン

年末最後の週末、バンコクの友人がカッチ大湿地(Great Runn of Kutch)に行くというのでジョインすることにした。

カッチへの基地となるブージにデリーからの直行便はないので、まずはボンベイに飛んで乗継ぎのためジェットエアのカウンターに向かったらちょうどグループと鉢合わせ。合流してブージの空港に午後到着。
f0136038_01251272.jpg
ネットで宿を押さえていたのにオーバーブッキングで宿泊を拒否されるアクシデントに見舞われるも、車の手配を依頼した地元の旅行会社に何とか別の宿を手配してもらってチェックイン。

カッチ大湿地はインド西端グジャラート州からパキスタンのシンド州にまたがる広大なエリアで、乾季のこの時期だけ海水が干上がってホワイトランと呼ばれる塩の平原が現れるのを目当てに、小さなブージの町はインド人観光客で溢れかえっていた。

名前は知らんが、ブージで人気のパンに挟んだ屋台メニュー。
f0136038_01251274.jpg
ブージは周辺の村から手工芸品の集まるマーケットとしても有名で、通りに並ぶ店の中にも布を買い求めるインド人観光客が殺到していた。
f0136038_01251277.jpg

翌朝、出発前にまたブージの町を散歩。
f0136038_01251287.jpg
f0136038_01251204.jpg
門を潜って城壁に囲まれたダルバールガディに入ると、プラグマハルが朝陽を浴びて建っていた。
f0136038_01251265.jpg
周りでは朽ちかけた宮殿跡が何ともいい味を出していて、16世紀からこの地を支配したラーオの栄華が忍ばれる。
f0136038_01251210.jpg

宿に戻って朝食の間にボロい4駆車が迎えに来たので、いざ北へ向かって出発。1時間半ほどのドライヴで最初に着いたのはブラックヒル。パキスタンまで続く塩の平原が見渡せる。
f0136038_01341173.jpg
最終目的地を先に上から確認して丘を降りようとすると、狭い山道を登ってくる車と行き違うことができずに大渋滞にはまって大幅な時間のロス。
f0136038_01341129.jpg
やっと麓に降りて、予め用意したパスポートコピーを手にカッチ大湿地に入るための登録申請をしようとしたら、またここでも長い列にスタック。

なんだかんだでカッチ大湿原入り口のチェックポイントに着いたのは16時近かった。
f0136038_01341199.jpg
ここでもパスポートそのもののチェックを受ける。

いよいよ塩の大地に足を踏み入れる。広い!見渡す限りの塩の地平線。
f0136038_01341161.jpg
そして思ったより人が多く、お祭り騒ぎ。

なるべく人混みを避けようと塩の平原を歩き進む。
f0136038_01460934.jpg
みんなで写真を撮り合って遊んでいたら、やがて夕陽が塩の彼方に沈んでいった。
f0136038_01341190.jpg



[PR]
by phraganet | 2015-01-07 02:27 | インディア
下ラダックのドライヴから戻った翌朝、今度はレーの南東、上ラダックからパンゴン湖に向かう。

最初に着いたのは、レーに遷都される前の王宮が残るシェイ。
f0136038_18544555.jpg
ここのゴンパには大きな釈迦牟尼像があり、周りを囲む壁画も美しい。また王宮から見下ろす正面の水と緑の景色も素晴らしかった。
f0136038_18544587.jpg

インダス河に沿って次の村はティクセ、ここのゴンパもフォトジェニック!
f0136038_18544525.jpg
中にはこれまた大きな弥勒菩薩像が安置されている。
f0136038_18544533.jpg
ラッキーなことに本堂で僧侶たちが砂で曼荼羅を描いているところを見学させてもらった。ちょうど最後の仕上げか、神経を集中させて色砂を注ぐ細かい作業が続く。
f0136038_18545973.jpg

さらに南東に進み、カルーのチェックポイントを左折。
f0136038_18545969.jpg
左にチェムレゴンパを見てそのまま進むと道は山の斜面に差し掛かり、道はどんどん高度を上げ始める。
f0136038_18545965.jpg
道路は悪いものの、行き交う車はどれも対向車をリスペクトし、デリーあたりと運転事情が全く異なることに驚く。またあちこち道路修復中で、運転手と工事作業員がジュレー!と声を掛け合っているのが見ていて気持ちよかったので、僕もジュレー!と手を振るよう見倣った。こういう人の好さがずっと保たれるといいな、ラダック。

道の悪さと空気の薄さで車中でフラフラになりかけた頃、道中の最高地点チェンラ(峠)に着いた。高度17,688フィートとある、5,320m、生涯最高地点。
f0136038_18545918.jpg
ラダックは印度の若者にトレンディで多くのモーターバイクが集まっていた。お昼休憩ということで、疲れた運転手はなるべく長く休みたそうだったけど、あまり長くいるともっと気分が悪くなりそうだったので、申し訳ないが少し出発を急かした。

朦朧とした頭で車窓の外を眺めると、5千メートルを超えた岩肌にはスミレが咲いていた。
f0136038_18550562.jpg

峠を降りてきて岩山の間に広がった草原の脇を走り続けると、やっとパンゴンツォが見えてきた。
f0136038_18550544.jpg
パンゴンツォは、中国領内まで細長く続いていて政治的に何かと問題多いが、そんな事情とは関係なく深い青さを湛えて静かに横たわっていた。湖水が最も美しく見えるのが夕方のこの時間とのこと。

湖の写真を撮っていたら、近所の子供たちが牛の放牧にやって来た、兄弟か。
f0136038_18550553.jpg
今夜の泊りはスパンミクのテント。テントの中にトイレ、シャワーもあって、なかなか快適にできている。
f0136038_18550430.jpg
陽が暮れてから風が強くなり、テントが吹き飛ばされないかちょっと不安になったが、いつの間にか眠ってしまい、夜中に風が静まって起き出すと、ちょうど月も沈んで満天の星空を鑑賞できた。星と星が明るいまま繋がって夜空いっぱい広がっている。

翌朝、対岸から陽が昇ると、湖はまた違う表情を見せた。トーストと卵とチャイで朝食済ませて、昨日来た道を引き返す。
f0136038_18551087.jpg
草原でマーモットの巣を見つけ、車を降りてそっと近づいたら、僕の後ろからマーモットが寄って来てびっくりさせられた。まるで向こうから挨拶に出てきたみたい(笑
f0136038_18551036.jpg

高度順応できたみたいで昨日のようにフラフラにならずにチャンラを越えて戻ってきた。戦争中かと思わせるような何百メートルもの軍用トラックの列にも遭遇した。
f0136038_18551084.jpg

カルーまで降りてきて、今度はインダス河を南岸に渡り、岩山の陰に隠れるように広がるへミスゴンパに寄った。
f0136038_19122985.jpg
このゴンパには美術館が併設されていて、ラダックの曼荼羅や仏像を見ることができる。
f0136038_18551795.jpg

最後にレーの対岸、ラダック王朝の末裔が住むストク王宮に寄った。
f0136038_18551703.jpg
王族住居部分は立入禁止だが、ゴンパや生活用品の展示室を見て回れる。
f0136038_18551643.jpg

こうして1泊2日の上ラダックからパンゴンツォのドライヴを終え、またレーのラダック・レジデンシーに戻った。ただいま~!

f0136038_18551799.jpg
ラダック最後の夜を明かして、翌朝のフライトでデリーへ。午前中に出社予定。因みにこの空港はラダックの歴史的宗教指導者の名前を取ってレー・クショ・バクラ・リンポチェ空港というらしいけど、チベット文化が尊重されていて、ラダックが印度でよかったとつくづく思う。



[PR]
by phraganet | 2014-10-19 19:22 | インディア
ヨルダン車の旅の途中、カラクという町では丘の上に古の十字軍の城塞が、周囲を圧倒するようにそびえていた。
f0136038_204478.jpg


カラクから一気にヨルダン渓谷を駆け降り、海抜マイナス400mと世界一低い地表である死海のほとりのリゾートで、ぷかぷかフロート気分を味わい、肌にぴりぴりくる泥を体に塗りたくり、夜は対岸のエルサレムの灯を眺めながら1泊した。

f0136038_23181793.jpg

ヨルダンに到着してからずっと岩山と砂漠ばかり見慣れてきたので、死海の周りのオリーブや野菜畑の広がる緑の風景には、違う国に入ったような感覚を受けた。因みに、死海は開発と共にどんどん小さくなっていて、このままでは由々しき問題とのことだった。


そんなこんなで、この旅行も最終日、翌日は首都アンマンの北隣にあるジェラシュという町の遺跡を見に行った。この町の遺跡は、アジアに残るローマ都市遺跡の中でも規模が大きく最も保存状態がよいのだそうだ。
f0136038_212250.jpg

遺跡のガイドの説明は、もともとここは1000ほどの柱が立ち並ぶローマ帝国の都市で、今でも322の柱が残っている。1世紀のローマ式のものもあるが、ほら、こっちの2世紀のコリント式のものはデザインが違うだろ、というような内容だった。アジアの遺跡には通じてるつもりだけど、残念ながらヨーロッパ遺跡の美術様式のことはようわからん。ただガイドの話のポイントは、時代を経ながら、この地で様々な文化が交じり合ったということだったと思う。まことにヨルダンらしい話だ。
f0136038_221186.jpg

f0136038_2316100.jpg

ローマ遺跡につき物の公衆浴場や劇場も残っているが、ここの劇場は今でも毎年のフェスティバルに使用される現役だそうで、これがジェラシュの遺跡が世界遺産に登録できていない理由らしい。
f0136038_234779.jpg



遺跡を後にして、アンマンの町でヨルダン料理、と紹介されたが、メゼとケバヴの数々は、僕の好物のレバノン料理と同じものに見えた。
f0136038_24949.jpg

特筆すべきは、料理と一緒に運ばれてきた甘酸っぱいミントティーがとてもおいしかったこと!アラビア語で「チャイナナ」と名前を教わったが、アラビア語で「ナナ」はミントの意味。ってことは、バンコクのアラビア街ナナは、アラビア人にとってミントの響きがあるってことなのか。
[PR]
by phraganet | 2011-09-19 02:13 | ヨルダン

アジアを歩けば何に当たる?タイやインドでの煩悩な日常と、気ままな旅のメモ


by プラがね: