シャフリサブス歴史地区

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最終日朝の散歩は、宿を出て公園を右に折れ、レギスタンアンサンブルを背に歩くと、昨日訪れたビビハヌムモスクに出た。
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今回の宿Furkatは、サマルカンドの主な遺跡にすべて歩けるホントにいいロケーションだった。並びにあるシアブバザールはまだ開いてない。

散歩から宿に戻ると、今日の朝食はサモサだと言われて出てきたこれ、見慣れた三角形ではないが、ウズベクではこれもサモサと呼ぶのだろうか。
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昨日ミーシャに、サマルカンドからタシュケントへ帰る列車が午後だと言ったら、昼までにティムール生誕の地、シャフリサブスに行こうと言われ、宿で知り合った琉球大生リョウも誘って出掛けた。

シャフリサブスは、周りを山に囲まれたサマルカンドから南に85km、山をひとつ越えて行く。
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1時間半ほどのドライブで到着した駐車場からシャフリサブス歴史地区に入ると、まず目の前に現れるのが遠近感が狂うほどのどデカさ、ティムールの夏の宮殿、アクサライの門。
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屋根は崩れ落ちてしまっているが、その大きさとかつてブルーに輝いたであろう美しさが忍ばれる。
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その奥にあるアミールティムールの立像。
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歩き始めて分かったが、歴史地区と言われるこの公園は、どこまであるんだろうというぐらい奥に長い。
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こちらの建物はティムールの息子ジャハンギールが眠る廟。
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本来ティムールもここに葬られる予定だったらしいが、彼の遺体は結局サマルカンドから生まれ故郷に戻ることはなかった。

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ティムールの孫にあたるウルグベクが建てた金曜モスクの日陰で休憩していると、リョウが修学旅行中の女子高生に囲まれて、英語でいろいろインタビューを受け始める。
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この後、せがまれてリョウと僕を両脇に女子高生ひとりずつと記念写真。こんなモテたことない、長い列ができる笑。

一番奥まで歩いてへとへとの汗びっしょりになり、帰りはカートつかまえて乗せてもらって戻った。助かった。

途中の道端でおいしそうな葡萄を並べて売ってる。
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ランチは峠のレストランで、ビーフとラムのバーベキューを、野菜とヨーグルトと共に頂く。肉が柔らかくてんまい!さすがに峠の店にドラフトビアはなかったので、ツボルグをボトルで。
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今日のパンはぷっくりのノンではなく、平べったいファテル。かなり固くて食べ辛い。

最後に定番の緑茶。ミーシャが、肉食った後はグリーンティに限るな、と言って何杯もおかわりした後、ポケットの容器から煙草を取り出して口に含んだ。ウズベクでは噛み煙草が人気のようだ。
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また1時間半のドライブでサマルカンドに戻り着き、この後タジキスタンに入国してパミール高原を目指すというリョウを宿に送って、自分はサマルカンドの鉄道駅へ向かう。
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楽しかったし、おいしかったし、いろいろ学んだ文明の十字路ウズベキスタン。また来れたらいいな、来れるかな。


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by phraganet | 2018-08-24 01:09 | ウズベキスタン

サマルカンドブルー

この日も朝早く起きて、昼間の酷暑からは想像もできない気持ちいい涼しさの中を散歩。
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おばさんたちが公園で井戸端会議をする脇を通り抜けて、レギスタンアンサンブルへ。

開門はまだだが、ポリスに下手な英語で付いて来いと声を掛けられた。
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ホントは入場できないところを特別に入れてやるとの話だなとすぐ理解したが、人が来ないうちにゆっくり散歩するのもありかと素直に付いて行った。

レギスタンはアンサンブルというぐらいで、左からウルグベクマドラサ、中央にティリャコリマドラサ、そして右にシェルドルマドラサと15世紀ごろの3つの神学校が向かい合う複合施設。

誰もいない朝の文化遺産の中をひとつずつ独り占めの散歩。
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ミナールの上にも登ってみた。
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シェルドルマドラサの門の上部に、人面の太陽を背負った豹が白鹿を追う姿が左右に描かれている。
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あ、これはウズベキスタン到着初日に、タシュケントでメトロ乗車のお釣りに200スム札もらって、何じゃこりゃ?と不思議に思った絵柄ではないか。
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宿に戻ると、中庭のテーブルに朝食の用意が整っていた。
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ひとりで食べ始めたら、タシュケントからドライヴして来たロシア系の夫婦もテーブルに加わって、英語のできる旦那の方といろいろおしゃべりした。

朝食を終えて宿の外に出ると、ミーシャが車で待機していた。これをお土産に、とプラムをくれた。いや、ブハラで散々プラム食ったしと言ったら、いやいや、サマルカンドのプラムはブハラのとは全然違うから食ってみろと言う。確かに、ブハラで食べた酸っぱいものではなく、柔らかくて甘い、それはまるで白桃のような味だった。んまい!

今日は郊外のドライヴから始めて、後で市内に戻ると言いながら、車を出す。街を出ると、道路脇には林檎や葡萄の果物畑が広がった。

最初に着いたモスクは、ブハラでも見た木の柱が並ぶ造り。
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奥は15世紀の宗教指導者のお墓。
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参拝の人々は、境内にある古い樹の周りを静かに回っていた。
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モスクを出ると、綿畑が広がった。
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この辺り一帯はもともと綿の栽培が主だったが、サマルカンド出身の初代大統領イスラムカリモフの指導で、多くは経済効果の高い果物に植え替えさせたらしい。初代大統領に対する国民の尊敬が厚いことを言葉の端々に感じる。

次に着いたのはイマムボカリ霊廟。
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地元ではセカンドメッカと呼ばれるほどの聖地。まずは有難い湧き水で身を清めてから参拝。
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その後市内に戻り、ティムールの孫にしてサマルカンドの統治者であり、学者でもあったウルグベクの天文台に寄る。
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次に訪れたのは風光明媚な聖なる泉。
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ときどき標識にシアブという地名を見掛けるが、水脈というような意味で、高速鉄道アフラシアブの名前は、かつてのオアシス都市であったサマルカンドの旧名から取ったものらしい。また、例の太陽を背負った豹の絵も、このアフラシアブの都市の成立に関わる物語が込められていたらしい。

次に寄ったのはシャーヒズィンダ廟群。
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ピラミッドとかルクソールとかタージマハルとかフエとか、いろいろお墓を観光したことはあるけど、ここはその中でもひと際美しいと感じた。
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突き抜けるような空の青さと相まったサマルカンドブルーの境地。
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廟が並ぶ外観もだが、内部のタイルのデザインも美しい。
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こちらはカズレットキズルモスクで、初代大統領はここに祀られている。
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向こうの丘の上に大きなモスクが見えて、そこまで歩く。これはティムールの建立したビビハヌムモスクで、ビビハヌムとはティムールの妻の名前らしい。
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ビビハヌムモスクの隣、デカいシアブバザールに入ってみた。
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少年が売るスパイス
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お世話になったおいしいプラムや林檎、葡萄。
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ミーシャがここで一旦ランチにしようと言って、プロフのおいしい店に連れて行ってくれた。
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ご飯にビーフが乗っているのは一緒だが、ブハラで食べたプロフのようにピーナツとレーズンはない。代わりにうずら卵が乗ってる。ミーシャが、どんと出て来た関節からコラーゲンをこそぎ落とし、中から骨髄を取りだして、こちらに回してくれた。んまい!
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店の女性たちが冬に向けた備蓄用に、取れたてトマトを絞っていた。
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こちらはティムールとその家族の墓、グーリアミール廟。
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その近くのドームは、デリーでもよく見るかたちのもの。
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ティムールは14世紀後半から中央アジアやコーカサスだけでなく、ペルシャやオスマン帝国や中国とも戦火を交えている。一時はデリースルタン朝のひとつトゥグルク朝を撃破してデリーに入城し、多くの財宝をサマルカンドに持ち帰った。このときインドイスラム建築の特徴も学んだらしい。歴史の繋がりを感じる。

またティムールの子孫であるバーブルは、16世紀にパニパットの戦いでロディ朝を破って、デリーとアグラを征服して帝国を築き、これはムガル朝(モンゴルの王朝)と呼ばれて、英国植民地になるまで続いた。

ミーシャが近くにワイナリーがあると言うので、それは是非テイスティングさせてもらわねばと思ったが、日曜日は18時から営業とのことで、一旦宿に戻って休憩し、夕方改めて出掛ける。
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前室の展示。
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奥に進むと、おひとり様のためにここまでのセッティング。ほお!
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まず最初の白を口に含んで、すっきりした中にもフルーティな味わいがあり、その感想を口にすると、伝統に従って飲み干して頂かないと次の説明に移れない、と言う。

その後、ひとつひとつ説明受けながら、ドライの赤を2種、デザートワイン4種、結構きついなあと思いながら、続けてコニャックを、軽め、重め、ハーブと蜂蜜を浸けた薬草風の3種と頂き、やっと全部空けた達成感と共に、ブラボー!とプレゼンテーションに拍手したら、気をよくした係員が、ちょっと待ってくださいと奥に引っ込み、これは普段テイスティングでお出ししていないのですが、と特別にもうひとつ最高級コニャックを箱から出してきた。
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行掛り上、これ飲まんわけにいかんな。ひえーっ!

ワイナリーを出た後、ミーシャが、ワインも試したことだし、近くにブルワリーもあるので、今度は出来立てドラフトビアも試してみろと勧められ、もうここまで来たらどうにでもなれという気分で、ケバブをつまみにまた飲む。

この夜はディナーにも出掛けず、宿に戻ったらぶっ倒れるように寝た。ZZZ


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by phraganet | 2018-08-19 01:57 | ウズベキスタン

エアアジアで西安へ

週末に時間があったので、ドンムアンを夕方発エアアジアで西安に飛んでみた。今や陝西省の省都になってるけど、シルクロードの起点かつての長安として永い歴史を持つ都。

入国審査終えたらもう22:30で、この時間にどうやって街まで移動したらいいか不安だったが、空港ターミナルを出ると目の前にバスセンターの立派な建物があり、さすがにエアポートバスは終わっていたが、8人ずつ客を集めてミニバンで街の中心に運んでくれる。
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エアポートバスなら25元、このミニバンはひとり50元。片道4車線のハイウェイを順調にドライブ。
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1時間ちょっとで、南北2.8km・東西4.3kmの城壁に囲まれた街の中心トンロー(鐘楼)に到着。
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城内のibis hotel(成功国際酒店)にチェックイン。ジョグジャでもグルガオンでもカサブランカでも、シンプルな作りのibisの部屋には世界中でよく世話になる。
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翌朝ホテルの前のバス停から城壁のすぐ外側にある火車駅へ移動。市内の路線バスは2元。
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駅前から兵馬俑行き306番のバスが次々に出発するので乗り込んだ。7元。
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バスは1時間ほどで兵馬俑に併設された駐車場のはずれに着くので、ゲートまで少し歩く。

150元のチケット買って中へ。
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またしばらく歩くと左に1号坑、右に2号坑が見える。
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圧巻の1号坑展示。すごいものが掘り出されたもんだ。
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建物の後ろへ回って、次は兵馬俑の司令部である奥の3号坑へ。
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最後に俑が目の前に展示されている2号坑を建物の後ろから見学して入り口に戻った。
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一度この目で見てみたいと思っていた兵馬俑に意外に簡単に来れてよかった。中国人もみんな親切に教えてくれるし。

午後火車駅に戻り、今度は駅前から5番か30番のバスと教わって、玄奘三蔵が印度から持ち帰った有難い経典を納めるために建立されたという大雁塔へ。
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入場券50元に登塔券30元を買い足して塔のてっぺんまで登ってみる。
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ここからシルクロードの旅に出掛けたのだなあと歴史に思いを馳せる。
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街の中を歩くと急速に普及したというシェアバイクが溢れている。
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街の中心まで戻って今度はクーロー(鼓楼)に登った。35元。
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大きなロータリーに囲まれた鐘楼と違って、鼓楼の周りは歩道になっている。鐘楼と鼓楼がはすに微妙に東西軸ずれているのは何故だろ?
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鼓楼の北の通りは回族街と呼ばれる食い倒れの街でとても楽しい。
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勝手に屋台メニューのランキング発表。

一番人気:ロージャーモー。
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モスリムの丸いパンに羊肉をサンドイッチ。これ、モロッコエジプトで世話になったなあ。店の前に長い列ができている。

二番人気:サテ。
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三番人気:びゃんびゃん麺。
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汁なしのシンプルな麺によくまあこんな難しい漢字の命名したな笑。



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by phraganet | 2017-08-07 02:03 | 中国
3月からバンコクへ移るんで、丸3年お世話になった印度を離れることになり、最後の旅は初めて来たときの目的地アジャンタ・エローラを久々に訪れた。

デリーから昼のフライトでアウランガバードに飛び、ホテルチェックインの後オートを拾ってまずはアウラングゼーブ妃の廟墓ビービーカマクバラに参拝。
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翌朝ホテル近くのバスターミナルから毎朝8時過ぎに出るという観光バスに乗り込んでアジャンタへ。
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壁画も健在。
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そして翌日は車を雇ってエローラへ。

大好きな第16窟カイラーサナータ寺院。ひとつの岩から削り出された巨大建築物は相変わらずの迫力。
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他の仏教、ヒンドゥー教石窟遺跡も順に観て回る。前に回ったジャイナ教石窟までは時間が足りずに足を伸ばせなかった。
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エローラから空港に向かう途中、古くは首都にもなり、ムガル帝国時代はアウラングゼーブもデカン統治の基地としたダウラタバードフォートに寄る。
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攻めて来た敵を欺くため、頂上にある城への迷路がすごい!
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結構ハードなルートを登り切って城のてっぺんへ。最後にこの眺め見ときたかったんだよな。
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印度には大変お世話になりました。ありがとう!

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by phraganet | 2017-03-04 00:26 | インディア
翌日は、前日のアブシンベル行きと同じ車だけど、新しい運転手に交代してアスワンの宿を出発し、途中にあるオムコンボ神殿、エドフ神殿を見学しながら、ルクソールまで北上するドライヴ。

オムコンボはオリンポスの丘という意味だそうで、天空の神で隼の頭を持つホルス神とワニの顔を持つソベク神の両方を祀っていて、レリーフに色が残っているのを見つけて感動した。
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アレキサンダー大王遠征以降のプトレマイオス朝時代の建築が残っているので、どこかローマ遺跡風。いつの間にかガイドが寄って来て細かいレリーフの見どころをいくつか案内してもらった。
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さらに進んでエドフ神殿。
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ホルス神を祀った巨大な建物。壁の彫刻も美しい。
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神殿見学の跡、村のサンドイッチ屋で簡単なランチを掻き込む。
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夕方ルクソールに到着して、予約していたはずの人気ゲストハウス、ネフェルティティに入るも満室と断られ、近くのホテルにチェックイン。その後は歩いて近くのルクソール博物館を見学しながら夜のルクソールを散歩。さぶい!


翌朝、摂氏5度まで冷え込む中ホテルのルーフトップに出てみると、朝焼けの中ナイル河西岸に気球が浮いているのが見えた。おお!
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テーベから見て陽の沈む西岸は死の地とされ、古代エジプト新王朝時代に墓や神殿が盛んに建立された。

朝食を終えて、早速ローカルフェリーで対岸へ渡り、カズさんと1台ずつ自転車を借りる。自転車で走っていると、まず最初に目に飛び込んでくるメムノンの巨像。
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続いてデルエルハバリ(ハトシェプスト女王葬祭殿)へ。
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この遺跡には97年の無差別テロの印象が強く残る。
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さらに緩やかな坂道をひいこら言いながら漕ぎ続け、王家の谷に到着。
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唯一未盗掘の完全な形で発見されたというトゥトアンクアメンや、トトメス3世の墓などを見て回るが、特に、地下に真っ直ぐ降りていく廊下にびっしり美しいレリーフの残るラムセス5世・6世の墓が鳥肌もんの圧巻だった。
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その後ここの建築に携わった労働者の町デルエルメディナや、ラムセス3世葬祭殿であるハブ神殿などを一通り回ってからルクソールの町に戻った。

ルクソール神殿に夕陽が落ちる。
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しかし、冬にエジプト旅行に来てホントよかった。夏じゃ暑くて堪らんと思う。エジプトの観光産業はテロや暴動の影響で大打撃を受けていて、こんな素晴らしい遺跡の数々を観光客の少ない中でゆっくり観て回れるのもラッキーだと思った。

晩ご飯はカズさんが目星を付けてくれたルクソールの町中にある名店アボエルなんとか。
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ここびっくりするほど値段安くて、どの料理もすごくんまい!
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最後はカットしたリンゴとバナナに、上からストロベリー、ヨーグルト、マンゴーを掛けたその名もコクテルを頂く。
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これ、秀逸のフルーツデザート!向かいでカズさんが飲んでいるのは中東に多いターキッシュカフェ。

次の朝はホテルの前で馬車捕まえて、アムン神信仰の中心であったカルナック神殿へ。
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でかい!広い!
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また馬車で町の中心に戻ってルクソール神殿。
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というわけでルクソール周辺の神殿巡りは一通り終わって一旦カズさんと別行動。

午後はひとりでスーク歩いてハイビスカスティ買ったり、
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宿泊できなかったけどネフェルティティのルーフトップでミントティ頂いたり、
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ナイル河の向こうに陽が沈むのをぼんやり眺めて過ごした。
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翌朝、タクシーと終日ドライヴ550ポンドで合意して、今度はルクソールより北のダンダラ神殿、さらにその先のアビドス神殿を目指したが、運転手が遠い方のアビドスを先にしてダンダラを経由してルクソールに戻ろうと言うので従った(結果は失敗)。

7つの聖室が横に並ぶアビドスの神殿。
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冥界の神オシリス信仰の中心であったらしい。
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その近くにあるラムセス1世葬祭殿もレリーフがきれいで見応えあった。
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このあたりは治安が良くないらしく、神殿を出るとライフル抱えた警官たちに着いてくるよう言われて、警察車両に先導されてドライヴ。
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VIP待遇で恐縮です。

陽も傾き掛けた頃、ダンダラ神殿に到着するも、閉門まであと15分と脅され、ダッシュ!先にこっち寄っておくべきだった!
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お提髪もかわいい女神ハトールの列柱が並ぶ立派な神殿を駆け足で鑑賞。
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ルクソールに戻って、夜はまたアボエルなんとかでルクソールの最後のおいしい晩餐。

食事後、名残惜しみながら駅前で長距離夜行バスに乗り込んでカイロに向かう。
(続く)



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by phraganet | 2017-01-20 00:52 | エジプト
モロッコ以来3年振りのアフリカでのカウントダウン。
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以前よく使ったコンパクトな造りのドーハの空港は、今や巨大なターミナルに生まれ変わっていた。ここでバンコクから来たカズさんと合流して一緒にカイロに飛ぶ。

カイロに着いてまずはアライバルビザを取得しないといけないが、手続きは銀行の両替窓口で25米ドル払ってシールを買うだけ。あとは入国の長蛇の列に着き、係官がパスポートにシールを貼ってスタンプ押すと終了。
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タクシーで移動して市内中心タラートハーブのロータリーにあるカイロインにチェックイン。
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その後近くのフェルフェラ(鷹の爪の意味らしい)という小洒落たレストランに入り、ステラビアを飲みながら、胡麻を潰したタヒーナをピタパンに付けたり、揚げたてファラフェルや卵と挽肉の煮込みシャクシュカを頂く。
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うーん、中東料理はどれもんまい!

ロータリーに朝が来た!
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カイロインからギザへのフリーツアーが出ると聞き、急遽ピラミッド見学に向かうことに。ギザはナイル河を挟んだカイロの西隣。
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碌に前も見ずに運転しながら、自作の地図を説明する運転手は、途中で僕らをパピルス屋に連れ込んだ。店でまずパピルスの作り方実演。
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ここで売ってるパピルス画は何百ポンドもしたので結局1枚も買わず。

次に運転手はギザで駱駝に乗るようしつこく迫ったが、結局これも断って徒歩での見学を選んだ。(結果正解!)

ギザ到着。有名な三大ピラミッドとスフィンクス。
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古代エジプト古王国時代のもので建立は紀元前26世紀。雄大な歴史を感じながら、ゆっくり見て回って2時間ほどの散歩。
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パピルスも買わず駱駝にも乗らなかったので、運転手には何のキックバックも入らず文字通り無料送迎となってしまったが、最後に博物館まで送ってもらってチップを100ポンド渡したらうれしそうにしていた、よかった。
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博物館では見応えある展示品の数々。
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ランチはエジプト名物コシャリにトライ。ライスとパスタ混ぜに、レンズ豆、ひよこ豆、フライドオニオン、トマトソースが乗っかる。

午後はメトロに乗ってオールドカイロのコプト教地区を散策。
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そうか、エジプトでは1から7世紀頃までキリスト教が広く流布していたのか。

その後カイロ(ラムセス)駅に移動してアスワン行き夜行列車に乗り込む。
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ナイル河に沿ってひたすら南下。列車は遅れに遅れ、なんと17時間掛かってようやく到着。疲れた~。

アスワン駅は激しく工事中だった。
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アスワンの小さな町を迷い歩きながら、何とか翌日のアブシンベル行きと翌々日のルクソール行きの車の手配完了。
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チキンとモロヘイヤのスープで大晦日のディナー。
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元旦の翌朝は4時出でアブシンベルに向けて出発、スーダン国境まで10kmあまりというエジプト南端。カイロと違って寡黙ないい感じの運転手がすっ飛ばしてくれたお蔭で、まだ人の少ないうちに最初の目玉アブシンベル神殿に到着して初詣。
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入り口に並んだ巨像は4体とも古代エジプト新大国の建築王ラムセス2世。

外も迫力あるが、中の造りや壁の彫刻にもすっかり圧倒された。
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素晴らしい!
いやあ、こんなんとは知らんかった、エジプト舐めててごめんなさい!

隣は王妃の神殿。
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神殿内部の柱には女神ハトールのレリーフ。
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帰りは町の手前でボートを借り、ダムでできたナセル湖に浮かぶフィラエ神殿に寄る。
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ここは女神イシスを祀っている。
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アスワンハイダム建設時、ユネスコ国際キャンペーンのお蔭でアブシンベル神殿やフィラエ神殿の移築に成功し、大切な遺跡がダムに沈むのを免れたらしいが、昔はユネスコもいいことしてたんだなと感心する。

アスワンの町に戻ってから、渡し船に乗って対岸に見える貴族の墓へ向かう。
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船上のアフリカ系の人々は対岸の村に帰るヌビア人。丘の途中でヌビアの村を見下ろすとブルーシティの様相。
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貴族の墓をてっぺんまで登るとナイル河とその向こうにアスワンの町のいい眺め。ナイルってこんなに青く美しいんだ。
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そして翌日はいよいよ古代エジプト新王国の都テーベのあったルクソールを目指す。
(続く)


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by phraganet | 2017-01-11 02:23 | エジプト
セヴンシスターズ(北東部7州)で最後まで残ったトリプラ州とミゾラム州を制覇するというお題で、デリーからIndiGoに乗ってトリプラ州都アガルタラに飛んだ。

地図で見ると、バングラデシュに突き刺さったようなトリプラ州と、ミャンマーに突き刺さったようなミゾラム州は実質的にそれぞれ飛び地になっているので、わざわざ出向かない限りたまたま通り掛かることはない。
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コルカタで一旦ホップして西からバングラデシュ領空に入り、東まで横断して再びインド領を目指す。アガルタラの滑走路はほぼ国境線上に位置してるので、着陸寸前まで見えているのはバングラデシュの景色。

空港ターミナルから出ると、そこには都会の空港にはないオートリクシャ乗り場がのんびり存在し、さらにその先のゲートを出ると一般道にもまたオートリクシャが屯して客待ちしているので、ここから町の中心まで約14kmを120ルピーという安値で移動できた。
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アガルタラには他のほとんどの北東部の都市と同様に交通信号がひとつもない。安全なので警官は銃を携帯しない。
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宿はポストオフィスチョウクと呼ばれる中央郵便局近くに取った。かつて東パキスタン(バングラデシュ)から分捕ったという戦利品のタンクがロータリーの真ん中に今でも飾ってある。
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このロータリーには警察署もあり、その並びには女性警察署がある。男性は男性警官が、女性は女性警官が取り締まることになっているらしい。びっくり!世界で初めて聞いた、このシステム。

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トリプラ州の主要言語はベンガル語。ちょうどナヴラトリの期間中だったので、町のあちこちにベンガル圏人気No.1のドゥルガのペンデル(パヴィリオン)が建てられ、夜には一斉に電飾が着いて賑わいを見せていた。
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ドゥルガを中心にその左右にラクシュミとサラスヴァティ、さらにその脇にシヴァの息子であるガネシャとカルティカ(スカンダ)。

特にすごかったのはこのペンデル、とてもにわか造りには見えん。
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竹で作った壁の装飾まで細かく凝っている。
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翌朝トリプラ州北部に残る巨大彫刻遺跡ウナコティに向かった。
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町を出てしばらく走ると左右に茶畑。他にも水田が青々と広がったり、ゴム林を通り抜けたり、豊かな農業生産の景色を楽しむ。アガルタラは周囲をほぼぐるりとバングラデシュに囲まれていて、その国境沿いをドライヴ。
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道路が最も国境線に近づいたところで停めてもらい、僕も片足だけ初めてのバングラデシュの地を踏ませてもらった(笑。
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途中どんな小さな村にも必ずドゥルガのペンデルがこしらえてるのが見える。
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4時間以上掛かってウナコティに到着。8世紀頃彫られたという岩肌の神々がなんだかシュールな作風。
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額に第3の目、左手にトライデント(三叉戟)を持ち、手前にナンディが控えているので、シヴァに間違いない。隣にはさらさらと小さな滝が落ちている。後ろは妻のパールヴァティとドゥルガか。
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渓流をさらに一段降りると、今度は息子のガネシャが太鼓腹を見せて並んでいる。面白い!
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ちょうど遺跡を見終わったところでかなり激しい雨が落ちてきたので急いで車に戻り、東隣のミゾラム州境に向けて走り始めた。

峠で小象が2頭おとなしく並んで雨宿り。
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1時間以上走ると沿道の人々の言葉がミゾ語に変わる。
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州境の町、トリプラ州側ダムチェラ、小さな橋の向こうミゾラム側はカヌムンに着いてランチ。
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小学生くらいの男の子が店頭で粉をこねたり卵を焼いたり大活躍中の食堂に入った。
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ガラスケースに見える右がチキン、左は川魚のフライだと分かるが、真ん中の黒くて丸いのは何だろ?
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白いご飯に男の子が目の前で焼いたオムレツ、川魚のフライ、黒丸、サブジを乗せてもらう。表面が焦げた黒丸の中身はクリームコーンコロッケだった。んまい!

食堂の並びの魚の干物屋、味があるなあ。
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トリプラ州の警官は銃を持たないのに、この州ではやたらライフルやピストル持ち歩いている男の子が多く、侮れない。
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橋を渡ってカヌムン側に入ってみる。
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歩いているうちに一緒になった若い女性は、洋品店で新しいサンダルが買えてうれしそう。
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とてもいい感じだな、ミゾラム州。見た目東アジアっぽい人々。ここで一般的なのはミゾ語だが、英語教育のキリスト教州で禁酒州、犬食の風習が残るらしい。聞けば聞くほどどこの国だかわからない独特の雰囲気!

この後アガルタラの宿まで引き返すけど、次はミゾラム州単独滞在でまた来たい!


最後の朝、デリーに戻るフライトの前に国境に寄ってもらった。アガルタラの町の中心から車でわずか15分。
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運転手が日本からVIPをお連れしましたみたいないい加減なことを言ってゲートを開けさせ、どんどん奥に進んだ。
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この白線がまさに国境というところで、手前からインド兵と奥からバングラ兵を呼んで一緒に記念写真撮ってから、町を後にした。

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空港の手前、道路脇にまたまた独創的なアートを発見。
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なんだ、こりゃ?
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ああ、ペンデルだ。みんなでドゥルガに音楽を捧げているというテーマらしい。
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ホント、驚きの発見が多い北東州最果て2州の旅だった。まだまだ奥が深そう!



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by phraganet | 2016-10-16 16:28 | インディア

インダス文明と言えば、文字通りインダス河流域であるパキスタンのモヘンジョダロやハラッパー遺跡が世界的に有名だけど、インド国内に存在する同年代のインダス文明遺跡を見にまずはアーメダバードに飛んだ。
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アーメダバードから90km南下したところにあるロータル遺跡。紀元前2500から2000年ほど前のしっかり下水道の整った町や、ドックと呼ばれる船着き場跡が残っている。手前の小さい博物館には、当時の壺やナイフ、分銅といった道具、サイコロやフィギュアの玩具などが展示されていて興味深い。

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ロータルを後に車窓から塩田など眺めながらグジャラート州を横断するように、一昨年暮れのホワイトラン観光以来のブージまでドライヴ。

夕方ブージのショロフバザールを歩いてみたけど、目を引くような手工芸品は町中では見つけられなかった。

翌朝日の出と共にブージフォートを散歩。
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気持ちいい。
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町に戻って朝食に人気のダベリ。
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その後カッチ博物館を見学した。
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この日は、前回ホワイトラン観光で通り過ぎてしまったカッチの手工芸の村々に寄ってみたくて、まずは基礎知識習得のため、ブージから北へスムラサール村のカララクシャという手工芸保存普及組織のショールームを目指したが、生憎日曜日は閉館だった。残念。

さらに北へ真っ直ぐバンニの入り口で、ホワイトランへのチェックポストのあるビランディアラの村に向かう。バンニ一帯にはパキスタンやアフガニスタンから移り住んだムスリム職人の村が点在している。
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キノコが並んだような家の中で村の女性たちに布やアクセサリーのお土産を買うよう勧められる。
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ビランディアラを左折してさらにホワイトラン目前まで進んだムトワ族のドルド村。
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ソフィアという村の女性に、装飾がとてもかわいいうちの中でいろいろな布を見せてもらい、彼女自身の手縫いである綺麗な細かいミラーワークの刺繍布を2枚買った。
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この日ビランディアラ村で買ったアクセサリーとドルド村で買った刺繍布。
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途中でランチにグジャラティターリー。チャスというバターミルクがデフォルトで付いてくるけど、これは苦手。
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次にブージから東に少し行ったブロックプリントの村アジラクプルに入る。
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たくさん並んだワークショップのいくつかに勝手に入って間近で染色作業を見せてもらう。
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作業は細かいが、動作は速い。
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あのね、君ら楽しそうに踏んでるの、お父さんのお仕事でしょ。


翌日はいよいよ最終目的地、カッチ湿原に浮かぶカディール島にあるドーラヴィラのインダス文明遺跡を目指す。途中で女性を荷台に満載したトラックとすれ違ったり抜いたりした。
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またここでは頭の上に重い水瓶を載せて運ぶのも女性の仕事のようだ。ここの女性は何かと大変そう。
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正面にカディール島、一本道の両脇の湿原はモンスーン期が終わり、だんだん乾いて塩砂漠になるつつある。
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ドーラヴィラは島の奥の方にあった。
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4000年以上前の立派な城跡。これまで訪れた城跡の中で断トツの古さ。
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例によって緻密に水の流れが管理されていた町の跡。
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遥か昔の文明の高さに感心させられる。



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by phraganet | 2016-10-13 02:11 | インディア
年末年始の行先を決めてなかった僕は、カウントダウンをバガンで過ごすという友人に現地合流でルームシェアさせてもらうことにした。ミャンマー歩くなら絶対に冬季がいい。ヤンゴンからマンダレーに行ったのが2年前で、バガンを訪れるのは実に15年振り

今やミャンマー観光ビザはネットで取れるとのことで、12月のとある金曜日にウェブで申し込んだら月曜日にはちゃんとビザがメールされてきた。すっかり時代は変わって便利になっとるね。今回はドンムアンとマンダレーをエアアジアで往復。
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マンダレー空港到着後にアライバルビザ取得手続きがあるわけでもなく、送られてきたビザのプリントアウトを握りしめて普通に入国審査の列に並ぶだけ。

税関を抜け、200ドル分ほどチャット両替を済ませ、SIMカード買って携帯に突っ込む。
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マンダレーの空港からエアアジアの無料シャトルバスサービスがあり、ターミナルビルを出て乗り込むとすぐ町に向けて発車した。中にガイドみたいなビルマ人のお兄さんがいて、乗客にホテル名を聞きながら降車場所を丁寧に案内しているが、僕はマンダレーには宿泊しない。今朝までマンダレー観光していた友人はその日の朝のバスでバガンに向けて走っているところで、このままバスターミナルに行きたい旨を告げると、町に入ったら近くでバスを止めるので、交差点を右に折れて歩くよう言われる。
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というわけで乗客の中でひとり一番先に降ろしてもらうと、そこにはマンダレー名物バイクタクシーのおっさんが待ち構えていて、500チャットでいいと言われて送ってもらったが、歩いてもすぐの距離だった。
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バスターミナルといっても、まとまって管理されているわけでなく、たくさんのバス業者が集まって別々に窓口を持ってるかたち。幸い、最初に覗いた業者に14時発バガン行きがあり、9,000チャットのチケットをゲット。手書きで席番号もある、ということは指定席らしい。

出発まで15分もないので、急いで屋台のおじさんにモヒンガーをこしらえてもらう。
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到着まで5時間ほどあるはずだから、バガンの日没には間に合わんな。

14時過ぎに窓口係員からこのバスだと言われて乗り込むと、既に半分以上の席に乗客を乗せていた。左側にふたり掛け、右側はひとり掛けの席になっていて、僕はひとり掛けの方だったので楽チン。僕を含めて2,3人がこのターミナルから乗り込んでスタート。

車窓からの景色を愉しむつもりだったけど、あまりに何もない荒野が続くのでいつの間にか寝落ちし、気がつくと途中ミンヤンのターミナルで5分ほどの短い休憩。
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終点ニャウンウーにはすっかり陽も暮れた18:30に到着。ここから無料のソンテウに乗り換え、既に友人がチェックインしているニューバガンのゲストハウス前まで送ってもらえた。
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着いた~!

友人と一緒に歩いて通りに出掛け、ミャンマービール飲みながら、カレーセットを注文した。
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セットに付いてくるたくさんの野菜料理に満足!

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朝は日の出を拝み、昼間電動バイクで遺跡を巡り、夕方また日の入りを拝む、バガンののんびりしたカウントダウン。いいねえ!


隅から隅までバガン三千坊を楽しんだ後は、初めてのインレー湖へ(続く)


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by phraganet | 2016-01-10 22:19 | ミャンマー
友人がコルカタに引っ越したんでワイン手土産に遊びに行って泊めてもらった。

翌朝、友人手配の車で一緒にビシュヌプルに出掛けた。ビシュヌプルはコルカタから西へ140kmほどのテラコッタ(赤土素焼き)の器や工芸品で有名な村。16世紀から18世紀にはマッラ朝の首都として栄え、クリシュナに捧げたテラコッタ造りの寺院、いわゆるバングラ(ベンガル)スタイルの寺院がいくつも残っている。

西へ進むということは朝陽を背中に浴びないといけないのに、陽が車の右から入ってくるんで、これじゃ北上してしまうよなあと運転手に正すと、ビシュヌプルへ真っ直ぐ向かうと道が悪いので、速く走れる国道2号線から行くという。帰りに判明したが、確かにコルカタ・ビシュヌプル間の直線道路はガッタガタの工事中だらけ。でも2号線ではあまりに遠回りし過ぎて返って時間掛かった。

てなことで、4時間半掛けてようやくお昼にビシュヌプルの村に入り、寺院群が残る村の東側への門をくぐる。
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門を過ぎると広場があり、修学旅行生が広場前のラリジー寺院を見学中だった。
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ここから南2kmほどの間に20余りの寺院があるらしいが、どう回っていいかわからず、村の人に電動リキシャを呼んでもらってふたりで乗り込む。観光ルートは運転手任せ。
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と、さして進みもしないうちに隣のラダシャム寺院。
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中の彫刻も繊細で美しい。
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また少し進むと今度はジュルマンディルコンプレックス(寺院群)。ベンガルは雨の多い地域なので、その対策としてこのような丸みのある屋根のデザインになったらしい。
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村ではテラコッタ工芸品を店先に並べている。道さえわかっていれば乗り物で動くよりゆっくり歩いた方が気持ちよさそうだ。

ところで、ビシュヌプル(Bishunupur)を勝手にヒンドゥーの神様の名前にあやかってヴィシュヌプル(Vishunupur)かと勘違いしてたけど、Vの発音のないベンガル語は代わりにBを使うらしい。それ日本語と一緒やん。ヒンディーはタイ語やマレー語と同じでVがなくて代わりにWの発音を使っている。話は逸れるが、アラビア語はVの代わりにFを使うので、車のブランドがフォルフォになってしまって何言ってるのかわからなかったことがある。

ラダマダヴ寺院は入り口の門の屋根も丸くなっていて面白い。
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そしてこちらピラミッド型で一番規模の大きいラスマンチャ寺院。ここは入場にチケットが必要だった。
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個人的に一番目を引いたのは、独特の5つの塔を屋根に乗せたデザインのシャムライ寺院。ここも有料で、さっき買ったチケットを見せて門の中に入った。
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外壁の彫刻がびっしり細かい。
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途中、道端に木に埋もれた寺院も見えた。こういうのも好きだな。ずっと以前のチャムの塔巡りを思い出す。
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そして最後にリキシャはジョルバングラ寺院に寄った。ひとつの建物なのにふたつくっついたように見える。
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日帰りドライヴなんで急ぎ足で回ってしまったけど、これで全体がわかったんで、次に来ることがあったら絶対ゆっくり歩いて回ろう、ってまた行くと思わんけど(笑



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by phraganet | 2015-12-11 04:12 | インディア

アジアを歩けば何に当たる?タイやインドでの煩悩な日常と、気ままな旅のメモ


by プラがね: